2010年05月23日

ユーロ安で欧州旅行(ただし脳内)

 ここ1週間でユーロ相場がガクンと下がった。しばらくヨーロッパにご無沙汰しているので、ついつい「ユーロ安キター! 次の旅先はヨーロッパで決まり!」と鼻息が荒くなってしまった。

 そしてみずほ銀行の外為ショップで日本円からユーロに現金を両替した。銀行の窓口だと1ユーロにつき6円の両替手数料を取られ、外為ショップだとこれが4円になるという。どっちにしても結構高い。ここで早くもやや意気消沈する。

 しかし、5年ほど前だったかユーロ圏で日本円の現金を両替した際、あまりに手数料の高さに「これだったら日本で両替したほうがマシ」と思ったのだった。その手数料がいくらだったかは思い出せないのだが、その記憶を信じて両替した。

 最近の旅行では空港のATMでキャッシュカードかクレジットカードを利用して現地通貨をゲットするのがほとんどで、特に海外旅行の予定もないまま為替相場を見て外貨の現金を準備したのは初めてのことだ。相場に疎い私がこんなことをすると、ユーロがさらに下がりそうな予感がする。

 ユーロを家に持ち帰り、ヨーロッパ旅行に出かけることにした。本当は実際に行きたいんだけど、仕事のスケジュールがっどううにも調整できない。で、脳内旅行になった。行先はイタリアのシチリア島。ローマから鉄道で向かう。列車ごと船に載ってシチリア島に移動、えいが「グラン・ブルー」に出てきたタオルミナに行く。シチリアにはもちろん温泉がある。あちこちにある温泉を尋訪ねようと思ったら2週間くらいは必要だってことが分かった。

 いくら脳内旅行でも現実味がないので、行き先をドイツ南部に変えた。ノイシュバンシュタイン城など観光しながらあちこちの温泉を訪ね、柄にもなくロマンチック街道を回ろうっていうルート。

 イタリア&ドイツとも古いガイドブックを眺めたりグーグルアースで調べたりして日程を組んでみた。しかし、実際には行けないので欲求不満だけが残った。一体何やってんだよ、あたし…。実際にヨーロッパに行けるのはいつのことなんだろう? そしてその時のユーロ相場は一体いくらなんだろう?

 両替ということでは先日のシンガポール旅行で面白いことが分かった。チャンギ空港到着時、夫はUOB(大華銀行)のATM、私はUOBの有人窓口で日本円の現金を両替した。その結果は現金だと1シンガポール・ドル=67.024円だったのに対し、ATMで新生銀行のATMカードを使うと1シンガポール・ドル=69.025円。なんと現金で両替した方が1ドルにつき2円もお得だった。

 今回現金で両替してみたのは、友人に「チャンギは現金の方がレートが良いらしい」と聞いていたから。半信半疑だったのだが、友人の言う通りだった(他の空港については確認したことがないので不明)。
   
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2010年05月17日

シンガポール・フライヤー

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引き続きシンガポールの写真。2008年春に開業した観覧車シンガポールフライヤー(日本語公式サイト)。高さは165メートルあり、約30分で1周する。29・5シンガポール・ドル(約2000円)。

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ドラム缶のように見えるこのカプセルには1つに最大28人が乗れるそうだ。

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私たちが行った際は日曜日ながら朝方だったので人が少なくて、並ぶこともなく2人でカプセルを独占できた。↓の動画は再生すると音楽が鳴るので要注意。


  
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2010年05月16日

シンガポールの写真

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 地下鉄のチャンギ空港駅。これまでは米系航空会社で深夜に到着していたので、空港から街中まで地下鉄に乗ったのはこれが初めて。しかし、この写真を撮った直後、ホームにいた駅職員に「ノーフォト」と言われて撮影を止められてしまった。え〜っ、どこにも撮影禁止なんて書いていないのに?とムッとした。シンガポールは以前から禁止事項が多い。どうも私はあんまり相性が良くないみたいだ。

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 最初にシンガポールに来た時、この洗濯物の干し方にすごく感動した。こんな突き出し方式を見たのは初めてだったから。今回、いまだに変わっていないのをみて嬉しかった。写真を撮っていたら、周りの人たちは不思議そうな顔をしていた。彼らにとっては珍しくもない当たり前の風景だからね。

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 繁華街のオーチャードロードにある左側のホテル、かつてはダイナスティホテルという名前だったのだが、いつのまにかマリオットになっていた。その向かいはIONという斬新なデザインのショッピングセンターになっている。そこが昔は何だったのか思い出せない。

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 リトルインディアのカラフルな街並みは変わっていない。ただ、ずいぶん人が増えたように感じた。インド人街といっても南部ドラヴィダ系の人が多く、公用語はヒンディー語ではなくタミル語。シンガポールの地下鉄の駅名表示は英語、中国語、タミル語で書いてある。

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 リトルインディアで食べたマサラドーサ。2ドルなので140円弱と安い。3種類のソースをつけながら手で食べる。インドに住んでいたことのある私は手で食べることに全く抵抗を感じない。マサラドーサは南インドの料理で、カレー味のジャガイモを包んだクレープみたいなもの。

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 アラブストリートでモスクの写真を撮っていたら、通りすがりの人が「このモスクはどれだけ古いか知ってる? 101年前に建てられたんだよ」と教えてくれた。アラブストリート周辺は以前よりも人通りが少なくなっているような気がした。気のせいだろうか。

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 チャイナタウンは買い物客でにぎわっていた。こちらが日本人だと分かるとなぜかマッサージの客引きがうるさい。

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 温泉を求めて日帰りでマレーシアのジョホール州まで出かけた。このバスで国境を越えた。マレーシア側のバスターミナルまで1時間半近くかかった。運賃は2ドル40セントだから160円くらい。このバスは国境まで直行するが、もっと安い路線バスもある。
   
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2010年05月15日

シンガポール航空のA380

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 今回のシンガポール旅行で利用したのはシンガポール航空。エアバスA380に乗ってみようというのが旅先を決める一因になった(もちろん温泉の存在も一因だ)。結果としては、我が家が利用するエコノミークラスの場合、A380だからって他の飛行機とそれほど変わらないなぁというのが正直な印象だ。往路は離陸時にギシギシと大きな音がしてビビった。

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 エコノミークラス2階席はそれほど多くない。座席配置は2−4−2。

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 エコノミークラス2階席は窓側に物入れがある。私にとってはA380に乗って一番よかったのがこれ。上部の物入れを使わずに済んだ。

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 エコノミークラス1階席は3−4−3の座席配置。

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 エコノミークラス1階席の後ろ、トイレの前にこんな鏡と棚のコーナーがある。ちなみに個々の座席テーブルにも手鏡がついていた。

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 往路の昼ごはんはローストチキンをチョイス(夫はドリア)。

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 復路の朝ごはんはオムレツをチョイス(夫は焼きサバ)。

 A380がどうこういう前にシンガポール航空とユナイテッド航空のサービスの違いが大きかった。

 これまで直前の3回の海外旅行はいずれもユナイテッド航空を利用していた。ユナイテッドときたら機内食は超マズイし、新聞や雑誌のサービスはないし、いまどき個々の座席の背にモニターがない。長距離路線だとこれはつらい。通路上部のモニターで見たくもない映画を観るにしても、昨年夏に北米路線で見たのと同じ映画を昨年12月と今年3月のアジア路線でもやっていたのには驚いた。食事後のコーヒーサービスを省かれたこともある。

 一方のシンガポール航空は以前からサービスに定評があるだけに、飲み物のサービスは頻繁だし、いまだにメニューなんて配っているし、雑誌も新聞もあるし、機内食の食器も立派だし、ずいぶんと格差を感じた。
    
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2010年05月11日

「世界3大ガッカリ」返上

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 シンガポールに来ている。トランジットでは数年に一回利用しているが、町中を観光するのは数十年前の初訪問以来だ。「世界3大ガッカリ」の一つとされるマーライオンを再訪し、あまりの変貌ぶりに驚いた。

 確か昔はもっと目立たないところにちんまりと鎮座していたように記憶している。観光客も私以外には2、3人しかいなくて、なるほど「世界3大ガッカリ」とはこのようなものか、と納得したもんだ。ところが今回は昼も夜も観光客がわんさかいる。観光客を乗せた船もぶつかるんじゃないかっていうほど行き交っている。

 おまけに周辺はあちこちで開発が進められている最中で、写真でも分かるように海側にはドバイ風の(要するにバブリーな)リゾートを建設中。ビル3棟が屋上の船でつながっているという不思議な建物だ。「世界3大ガッカリ」なんて言われてシンガポール政府が奮起したのだろうか。写真には入りきらなかったが、左側に数年前にオープンした観覧車がある。たかが観覧車に乗るのに2000円以上も払ってしまった。

 マーライオン周辺で目立ったのはインド人で、華人系の旅行客はなぜかほとんど見かけなかった。日本人の団体旅行客は2組目撃。なんとなく元気がないように見えたのは、ガイドさんの後ろをおとなしく歩いている熟年層中心のグループだったせいだろうか。世界のあちこちで見かける旅行者の顔ぶれでもどことなく時代の移り変わりを感じる。

 ちなみに残る2つの「ガッカリ」はブリュッセルの小便小僧とコペンハーゲンの人魚姫と言われている。確かにどちらも納得のガッカリぶりだったが、ひょっとしてマーライオン並みに持ち直しているのだろうか。確か人魚姫は上海万博に出張中だと聞いた。
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2010年05月02日

時代遅れの旅行ガイド

 ここ数年というか小型のPCを旅行に持参するようになって実感したのは旅行ガイドブックがものすごく時代遅れだってこと。最大手の「地球の歩き方」を見ることが多いのだが、街中で無料で無線LANに接続できるwifiスポットなんて一切出ていないし、渡航先の国で1日用のプリペイドカードを買って有料で接続するなんて場合も、もっぱら個人のブログを検索して情報を調べる必要がある。

 ガイドブックに載っている情報ときたらネットカフェどまりだ。「日本語の入力できる端末もある」とかその程度なのが、10年くらい前から変わっていないように思う。これじゃ売れなくなってもしょうがない。「地球の歩き方」なんて主要国はほぼ毎年改訂されているんだから、もう少し時代に合わせた内容にしてもよさそうなもんだ。

 例えば、私が何回も訪問している台湾だったら、台北に数多くあるMr. Brown Coffeeというドトールみたいなコーヒーショップに行けば無線LANに無料でつなげるし、wiflyという有料サービスも1日分、もしくは30日分のプリペイドカードをスタバやセブンイレブンで売っている。しかし、「地球の歩き方」でそんな情報を見かけたことはなく、やはりネットカフェの情報が1、2軒出ている程度だ。

 旅行ガイドを作っている人たちがネットを利用していないとは思えないんだけど、なんでこういう情報を掲載しないのか不思議でしょうがない。そんな姿勢じゃ、売れなくなってもしょうがない。

 こんなことを思うのは旅行を計画してガイドブックをパラパラ見ているからにほかならない。このGWは時間差で海外旅行に出かける。要するに、GWが終わったところで出かけるつもり。昨年も5月5日から北京に行っているので、我が家の定番旅行ともいえる。
       
タグ:Wi-Fi 台湾
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2010年04月13日

2日続きで…

IMG_1639.jpg 朝方の7時すぎ、我が家の地域担当の集配郵便局から電話がかかってきた。こんなの初めてのことだ。「海外から書留が届いているのですが住所が不完全でして、丁目番地の数字部分に電話番号が書いてあったので電話しました」という。「その書留って台湾からですか?」「あ、心当たりありますか?」「はい、まぁ…」という会話を交わした。

 予想通り春子ばあちゃんからだった。確かに番地部分に電話番号が漢数字で書いてある。しかし、丁目番地も住宅番号もちゃんと書いてあった。封筒の一番上の郵便番号部分に。不思議な表記ではあるけれど、郵便局の人も分かってもよさそうなもんだと後で思った。

 きのうは陳さん、今日は春子ばあちゃんと2日続きで台湾からの便り。しかも春子ばあちゃん、先日の電話で「何か送るから」と言っていた通り、天然石のネックレスを2本同封してくれていた。手紙には「そまつの物ですが請笑納」と書いてある。日本風の謙遜がばあちゃんらしい。「又合へるのを楽しみに待て居ります」ともあった。

 台湾で会った際はこちらが日本の絵葉書を2枚差し上げたら、植民地時代の銀貨3枚とチーク材の立派な箱(象嵌細工付)をくれ、今回は写真を2枚送ったらネックレス2本だ。どうみたってもらいすぎ。わらしべ長者だってこんなにうまいこといかないだろう。

 DVDは日本と台湾のリージョンコードが違うから送るのを諦めたので、日本の唱歌などのCDを送ることにした。軍歌のCDは没収されてしまうだろうか? 今の時代ならもう大丈夫かな? 少し不安なのでやめておこう。

 2人の陳さんは偶然私に会ったことで日本への郷愁ともいえる想いが強くなってしまったのだろうか。2人にとっては私が日本の代表みたいなものだと思えば、2人に対して決して恥ずかしいことはできない。2人に会ったことで「人間として正しく生きる」ことについて生まれて初めて考えるようになった。
 
 こんな出会いを経験し旅の余韻をこんなに長く味わえるなんて、私はなんて幸せな旅人なんだろう。

【追記】14日にお礼の電話をしたら、「あれサンゴだよ。たくさんあるから心配しなくていいよ」と言われた。いえね、私も短いネックレスを見て『ひょっとしたらこれサンゴじゃないかな?』とは思ったんだけど、なんせジュエリー類にはうとくて自信がなかった。ばあちゃんは先手を取るように「お返しの物なんて送って来ちゃダメだよ」と言っていた。

【過去の関連記事】
2人の陳さん(2010年3月10日)
春子ばあちゃんからの電話(2010年3月31日)
陳さんからの手紙(2010年4月12日)
       
タグ:台湾
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2010年04月12日

陳さんからの手紙

IMG_1637.jpg 台湾で知り合った2人の陳さん(3月10日付の記事参照)のうち、春子ばあちゃんから電話がかかってきたのは先日書いた通り(3月31日付の記事参照)。今日はもう1人の陳さんから手紙が届いた。

 こちらからは日本語で書いたので、当然ながら返事も日本語で書かれていた。「余りにも久しぶりの日本からの御手紙、嬉しくて嬉しくて何度も何度も繰り返しました」と書いてある。

 日本語の手書きの手紙を受け取ったのは数十年ぶりだったのかな? まさか戦後初めてってことはないだろうけれど、陳さんが日本語で手紙を書くのは読むのよりもずっと久しぶりのことだろう。

「繰り返し読みました」ではなくて「繰り返しました」とあるところに、その空白の長さを感じて涙を誘った。私の走り書きのような手紙でそんなに喜んでもらえたというのも素直に嬉しかった。

 私が今度台湾に行く際は、自らが運転する車でどこでも私の好きなところに案内してくれるという。もうすぐ90歳になるという陳さんにそこまで甘えてしまっていいのだろうか。

 そういえば3月に陳さんと話した際、彼が唯一日本に対して苦言を呈したのは高齢者の運転についてだった。「日本では年寄りは運転するなって言って運転免許を返納させているんでしょ? とんでもないことです!」と憤っていたっけ。

 80歳をすぎた台湾の高齢者がみな揃って陳さんみたいに元気で400キロの長距離ドライブも軽々とこなしているとは思えない。しかし、なぜだろう。台湾には元気で活動的な高齢者が多いなぁと感じた。北投の温泉旅館の女将は86歳で現役バリバリだった。

 陳さんには是非また会って昔の話をいろいろ聞きたい。しかし、台湾の人ってこちらが一を期待すると十してくれちゃうみたいなところがある。実際に会うとどこまでも甘えてしまいそうな予感が今からしている。
   
タグ:台湾
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2010年04月05日

外国人注目の観光スポットに変化

 去年も書いた「外国人注目の日本の観光名所ランキング」の2009年版が先日発表された。旅の口コミサイト「トリップアドバイザー」がまとめた調査で、総合ランキングだけだった去年とは変わり、アメリカ、ヨーロッパ、中国を対象に調べた調査結果になっている(トリップアドバイザーの公式サイトにある調査結果)。

 欧米での一位が六本木ヒルズなのに対し、中国はなぜか難波・道頓堀。逆ならまだ理解できるのだが、欧米の人が六本木ヒルズなんかに行って楽しいのだろうか? 上位10位までのランキングの内容は以下の通り。
◆アメリカ
 1位 六本木ヒルズ
 2位 築地市場
 3位 TDR
 4位 ポケモンセンター
 5位 浅草寺、浅草観音堂
 6位 清水寺
 7位 大江戸温泉物語
 8位 スパワールド
 9位 USJ
10位 新宿御苑

◆ヨーロッパ
 1位 六本木ヒルズ
 2位 浅草寺、浅草観音堂
 3位 TDR
 4位 ポケモンセンター
 5位 USJ
 6位 清水寺
 7位 築地市場
 8位 鞍馬温泉
 9位 祇園
10位 大江戸温泉物語

◆中国
 1位 難波・道頓堀
 2位 浅草寺・浅草観音堂
 3位 清水寺
 4位 USJ
 5位 海遊館
 6位 TDR
 7位 中之島
 8位 築地市場
 9位 秋葉原電気街
10位 新宿御苑

欧米の11−20位は上記リンク先を参照。中国については10位までしか発表されていない。
 昨年のランキングに比べると、顔ぶれがちょっと変わったなぁという印象。私が関心を持っている温泉部門を見ると、昨年は総合13位に入ったスパラクーア(東京)と16位に入った宝川温泉(群馬)が3種どのランキングにも入っていない一方、鞍馬温泉(京都)がアメリカ12位、欧州8位と躍進しているのが目に付いた。理由は分からないけれど、温泉にも流行り廃れがあるのだろうか。大江戸温泉物語(東京)とスパワールド(大阪)は欧米いずれも20位までにランクインしていて、特にアメリカ人に人気がある様子。中国のランキングは10位までに温泉が入っていないのは、温泉よりも観光と買い物重視ってところだろうか。

【参考】昨年の同調査について書いた記事(2009年4月2日)
    
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2010年03月31日

春子ばあちゃんからの電話

 夜の11時前に電話が鳴った。そんな時間に電話が鳴るっていうのも珍しい。そもそも固定電話なんて随分前から仕事専用になっているから昼間しか鳴らない。親戚に何かあったのだろうかと不安に思いながら出たら、台湾の春子ばあちゃんだった(3月10日付の「2人の陳さん」を参照)。

 私の送った写真が届いたとわざわざ電話をくれたのだ。旅先でお世話になった人にはできるだけ住所を聞いてお礼状を送るようにしている。それが届いたと連絡をくれる人はごくわずかだ。相手の好意に対するお礼状だからそれ以上何かを期待しているわけじゃないのだが、やはり連絡をもらうとすごく嬉しい。

 春子ばあちゃんは相変わらずで「昨日は(私と会った)温泉に泊まってきたよ」「あさっても泊まりに行く」「写真を送ってもらったから、こちらからも何か(骨董品を)送るから」「この間は突然だったから、うちに呼んであげなくて悪かったね」などと言う。

 こちらは「偶然に会えただけでも本当に嬉しかったです。何もいりません。希望があるとすれば、次に台湾に行くときにまた会いたいです」と言っているのに、「いや、何か送るから待っていなさい!」と頑固だ。「日本語の手紙を読んで嬉しかったからまた頂戴ね」と言うので、「もちろんまた送ります」と約束した。手紙だけじゃなく私自身のことも「早くまた来なさい」と待ってくれている様子だ。

 ひとしきり話したあと、「そっちは今何時? え、10時50分? 台湾よりも1時間進んでいるね。早く寝なさいよ」なんて言う。なんだか本当のばあちゃんに心配されているみたい。電話を切ってからウフフ…と一人で笑った。

 先日の旅で春子ばあちゃんに出会ったことで、私はますます台湾に吸い寄せられていきそうな気がする。
     
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2010年03月18日

彰化扇形庫

 台湾版鉄子エントリー。京都の梅小路にも行ったことないのに、台湾中部の彰化で扇形庫を見学してきた。夫へのお土産として、何が何だか分からないなりにバシャバシャ写真を撮ってきた。週末だったので、家族連れやカップルなどでにぎわっていた。

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敷地の一角にある展望台から撮影。日本統治下の大正11年に建造され、台湾で唯一残っている扇形庫だそう。


「安全第一」というのは日本でも書いてありそう。

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左側のCT273は垂れ幕によると、どこかから里帰りしたらしいのだが、もちろん私が詳細を知るはずもない。

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遠くから見るだけなんだろうと思っていたら、皆さんかなり近づいて記念撮影をしていた。注意もされない。やはりSLが人気だ。

 9時から5時まで無料で見学可能。台中駅から南に20〜30分程度に位置する彰化駅から歩いて10分弱。行き方は駅を出て三民路を左手に(線路沿いに北へ)進み、最初の信号(五叉路)で左折して和平路を線路に沿って進むと、線路をくぐる自動車専用路に突き当たる。歩行者はどうすればいいのだろうと一瞬焦るが、ここで後ろを見ると歩行者用の地下通路入口がある。線路をくぐり抜けて階段を上って左手に進んだところが入口だ。

 受付でパスポートを出すと、名簿を出してくるので住所や名前を書いて参観証のカードを受け取り(パスポートは預ける)、帰りに参観証とパスポートを交換するだけ。挨拶以外に話す必要はなかった。残念ながら鉄っちゃんグッズなどの販売はない。
   
タグ:台湾
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2010年03月17日

旅の余韻

 台湾で消息不明になってしまったんじゃないかと心配してくださった皆さまには申し訳ない。私は既に帰国しております。

 持参のパソコンを旅先でほぼ毎日ネットにつないでいたというのに、ネットブックなので必要最低限の作業しかする気になれず、ちょっと仕事をためてしまった…。(汗)それと、今回はいろいろ考えることが多い旅でもあり、帰って来てからちょっと放心状態になっていたというのもある。

 地震被害を心配してくれた皆さま、少なくとも私の訪問した高雄や南東部海岸地方では皆が口をそろえて「もう影響はない」と言っていたのでご安心を。初の数日間は新幹線が全席自由席になって間引き運転していた程度。私は台北−高雄間をバスで移動したので影響はなかった。高雄の六合夜市は10年ほど前に行ったときに比べて屋台も人もやや少ないように感じたけれど、訪問した時間が早かったせいかもしれない。

 何気なく見ていたテレビニュースによると、嘉義県のどこかで地震後に灌漑用水の温度が100度前後に上昇、近隣住民が卵を持ってきて温泉卵を作っているとのことだった(字幕と映像から想像した内容)。灌漑用に使えなくなった被害については触れず、卵の話だけ報道していたのがいかにも台湾らしかった。

 その半面、地震よりも昨年夏の88水災の影響が依然として大きく残っているのを実感した。川べりの温泉旅館が壁のなくなった状態で廃虚と化しているのも見かけたし、現地の人が「ここの土地も川の洪水で少し削られたんだよ」なんて冷静に説明してくれたこともあった。

 そうかと思えば中部で訪ねた温泉で、現地の方に「あの温泉は土砂に埋まってしまったよ。違う、違う、88水災の影響じゃない。あれは南部の話。こっちのは何年か前の72水災じゃよ」なんて言われた。台湾でいかに自然災害が多く発生しているかを改めて実感した旅でもあった。

 旅先でお世話になった人たちにお礼状を書き始めた。今回は高齢な人が多く、メールアドレスを教えてくれた人は1人だけ。あとの人には郵便で写真等を送らなくてはいけない。手紙は中国語と日本語を併記するつもりだ(当然ながらグーグルかヤフーを使って翻訳する)。春子ばあちゃんには早速時代劇のDVDを買ってこなくちゃ。キレイな記念切手を貼って送ろう。私は旅も大好きながら、旅の余韻をしみじみと味わうこの時期もすごく楽しい。 
    
タグ:台湾
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2010年03月13日

ロウさんとモーナルーダオ

 台湾に来るたびに善意の借り(?)が増えていく。昨日お世話になったのは温泉民宿の主人ロウさんだ。といってもロウさんの宿に泊まったわけじゃない。温泉への道を尋ねただけだ。

 私が中国語の資料を持っていたせいか、挨拶と筆談の段階では北京語を話せない香港人だと思われたみたい。「ホンコン?」と尋ねられてしまった。台湾語で「私は日本人です」と言ったら、ビックリしながらも日本語に切り替えてくれた。といってもロウさんは64歳だから学校教育で日本語を習ったわけじゃない。両親が家で日本語を話していたのを聞いてわずかに覚えているのだそう。

 私の目指していた温泉は温度が下がってしまったけれど、行けないことはないという。15分で行けるというので、道を教えてもらって歩き出す。昨年の台風の爪あとはすさまじく、道が途中で途切れて急斜面のガレ場になっているところもあった。

 しばらくしてロウさんが様子を見に来てくれた。1人で出かけていったので心配になったという。ロウさんと一緒に戻り、チェックアウト前の女性客3人と一緒にフルーツやお茶などをご馳走になった。

 フルーツをいただきながら「昨日モーナルーダオの墓参りをしてきたんです」と話したら、一同は悪い冗談だと思ったらしい。一気に静まり返って気まずい雰囲気になった。

 無理もない。モーナルーダオというのは1930年に日本の統治に対する反乱を起こして何百人もの日本人を虐殺した首謀者だから。当然ながら日本はモーナルーダオとその一味に報復をして虐殺した。台湾の人々にとってモーナルーダオは祖国のために命をささげた英雄であり、学校教育でも必ず教えられるそうだ。

 日本人がそんな人の墓参りをするってことが信じられなかったみたいだ。お客さんの1人に「あなたモーナルーダオが何をしたか知っているの?」と厳しい口調で聞かれた。「もちろん知っています。10年以上前に本で読みました」と答えたら、みんなで顔を見合わせている。

 女性客たちは日本語も英語もほとんど話さないので筆談も交えて説明する。台湾に来るたびに台湾人に親切にしてもらっていること、そのなかには日本の教育を受けた戦中派の人も少なくないこと、日本の植民地統治に対してものすごく好意的な人もいるけれど自分はもっと客観的でありたいこと−−などを伝えた。モーナルーダオの墓参りをして感じたのは、過去の歴史を変えるのは絶対にできないけれど、未来の友好関係は自分たち次第だということだと説明したら、皆さんすごく納得してくれた。

 フルーツをいただいたお礼に、たまたま持参していた柿ピーの小袋をロウさんに渡す。ロウさんは黙ったままじ〜っと袋を見つめていたが、しばらくして「これ、ラッカセイ、ラッカセイだ!」と口を開いた。何十年かぶりに落花生という日本語を思い出したのだ。両親の思い出も一緒によみがえったのか、ロウさんは本当に嬉しそうな顔をしていた。

 「そろそろバスの時間なので行かなくちゃ…」と挨拶したら、ロウさんが車で送ってくれると言い出した。しかも、前夜泊まった宿まで荷物を取りに行ってから、その逆方向にあたる目的地まで連れて行ってくれるという(バスで折り返すつもりだった)。結局30キロ以上の道のりをロウさんの軽トラに乗せてもらった。

 目的地の町近くでガソリンスタンドを見つけ「ロウさん、ガソリン満タンに入ってますか? あそこで入れましょう。ガソリン代くらい払わせてください」と言ったのに、「心配いいよ」と笑って断られちゃった。持参した日本の絵葉書をあげ、ロウさんとのツーショット写真を送る約束をして住所を聞いてきた。

 後になって気づいた。ロウさんは温泉民宿を経営しているってのに、私はまったくお金を使っていない。せめてお金を払って泡湯(温泉入浴)くらいさせてもらえばよかった。いつもながら台湾の人たちの好意にどっぷり浸かりすぎていることを、ちょっと反省しないといけない。
   
タグ:台湾
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2010年03月10日

2人の陳さん

 絶対に忘れられない出会いがあった。2人とも苗字は陳さんといい、80歳を超えているのも一緒だ。

 最初にあった陳さんは女性だ。日本語ペラペラの経営者がいるはずの温泉民宿に行ったら、日本語も英語も話さない息子が跡を継いでいた。困った彼が呼んできたのがこの陳さん。最初は経営者のおばあちゃんに違いないと思い込んでいたのだが、単なる常連の日帰り入浴客だった。

 陳さんは昭和3年生まれ。日本の教育を受けて今でも教育勅語を暗記している。日本名は春子さんで、名刺には中国語の名前のほかカタカナでハルと書いてある。日本のものは何を見ても誰にあっても(それが若い人でも)懐かしい気持ちになるのだそう。日本の絵葉書を何枚か持ってきていたので、富士山と桜、金閣寺の2枚を上げたら、ものすごく喜んでくれた。

 お返しにくれたのが、植民地時代の1円硬貨3枚。絵葉書2枚で古銭3枚というのは随分もらいすぎなので「高価なものだろうから、私は受け取れません」と言ったのだが、「日本人に持っていてもらうのが私の幸せ」だという。ありがたくいただく。

 水着に着替えて一緒に温泉プールに入る。「日本語の歌を一緒に歌いましょう」と言うので同意したのだが、春子ばあちゃんときたら「敵の砲撃かいくぐりぃ〜♪」とか「お国のためにぃ〜♪」と私の聞いたこともない戦時中の歌ばかり大きな声で歌う。おまけに「あれ、知りませんか? だめですねぇ」と来たもんだ。

 ここでもう一人の陳さん(男性)が登場。ほかの客から日本人が来ていると聞いて寄ってきた。私と日本語で話しているのを見た春子ばあちゃん、陳さんと軍歌の合唱を始める。あとで「あの人の方が私よりも日本の軍歌をたくさん覚えていた…」と悔しがっていた。

 春子ばあちゃんは帰り際、「日本人は台湾を宝の島と呼んでくれた」と言って私に箱をくれた。中から出てきたのは台湾の形をした木製の箱。たぶんチーク材でできていると思う。おまけに象嵌細工が施されている。高価なものに違いない。中には削っていない印鑑2本と別の古銭が入っていた。当然ながら遠慮したのだが、「あなた持っていなさい」と言われてありがたくいただく(しかし思いがけず荷物が増えた…)。

 春子ばあちゃんたら、日帰り入浴に行くのにいつも骨董品をこんなに持ち歩いているのだろうかと不思議に思うかもしれないが、名刺には「古物商」と書いてあるので納得できないことはない。しかし、日本人に出会うたびに気前よく配っていたら商売にならないんじゃ…。心配だ。

 しかし、春子ばあちゃんは「あぁ、日本人と日本語で話せて今日はすごくいい1日だった」と本当に満足そうに帰っていった。同行の孫やひ孫?たちも言葉は通じないものの「うちのばあちゃんを楽しませてくれてありがとう」と言ってくれていたみたい。チャンバラが好きだという春子ばあちゃんに日本からDVDを何枚か送るつもりだ。

 軍歌競争で春子ばあちゃんに勝った陳さんは、日本名は聞かなかった。というかあまりにも日本への思いが強すぎて聞けなかった。もうすぐ90歳になるそうだが、かくしゃくとしている。400キロのドライブも「へのかっぱ」だそうだ。日本軍での地位は台湾人としてはかなり上で随分活躍したそうだ。軍歌競争で春子ばあちゃんに勝つのも当然といえば当然なのだ。

 陳さんの口から「あの戦争で日本が勝っていれば、私はこんな田舎暮らしをしていなかったはず…」という言葉が出て、ひっくり返りそうになった。だって、冗談にしたってそんな非現実的な仮定の話、これまで聞いたこともなかったから。でも、陳さんはごく真面目だった。

 かといって日本に恨みがあるわけじゃない。まったく逆だ。敗戦により台湾と日本は切り離されてしまい、ともに被害者になったという認識なのだ。「台湾が中国に併合されるなんてとんでもない。日本と一緒になれないのだったら独立するしかない」と言われ、日本人でいることを諦めなくてはならなかった陳さんの無念さを思うと返事のしようもなかった。

 春子ばあちゃんは「人を騙さず、盗まず、正しいことをしろ、感謝する気持ちを持てと教えてくれたのが日本の教育です。でも、戦後受けた中国(国民党)の教育には道徳教育はまったくありませんでした」とキッパリ断言していた。その昔、台湾を統治し子供たちに教育を施した日本人たちは、こんな風に自分たちの文化や考えが引き継がれることを予想していたのだろうか。植民地支配を支持するつもりはまったくないけれど、今日だけは昔の為政者に感謝したい気分だ。 
   
タグ:台湾
posted by らくだ at 21:57 | Comment(4) | TrackBack(0) | 旅日記ほか旅関連 | 更新情報をチェックする

2010年03月07日

日本語三昧の旅

 今回の旅はいつになく日本語を使っている。というか日本語で話しかけられる。というのも一部の日程を友人と一緒に旅しているからだ。

 例えば食堂でメニューを見て友人に「これは辛いみたいだよ」などと話している。すると後ろのテーブルに座っている人が、くるっとこちらをむいて日本語でメニューの説明をしてくれる。野湯に行ったら帰りがけにやってきたカップルが「ここには普通の台湾人でもほとんど来ません…」と日本語で話しながらドン引きしていた(すみません普通じゃなくて)。

 一人で歩いているときは、ほぼ100%といってもいいほど台湾人に間違われる。空港の免税店でも中国語で話しかけるくらいだ。従ってこちらから話しかけない限り、日本語を使う機会はない。日本語の達者な台湾人が戦中派に限らずかなりの割合で存在することを、友人と旅してみて改めて実感した。
   
タグ:台湾
posted by らくだ at 23:50 | Comment(2) | TrackBack(0) | 旅日記ほか旅関連 | 更新情報をチェックする
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