2005年11月14日

人間の退化?

 町田市の高校の女子生徒が男子生徒に殺された事件、マスコミが連日大きく取り上げている。こういうときに必ず出てくるのが「少年の心の闇に迫る」とか「命の大切さを教える」とかいう表現だ。

 これまでも同じようなことが言われてきたけど、事態は改善するどころか青少年の残虐な事件はむしろ増えているような気がする。マスコミが犯罪を犯した子たちの「心の闇」にどれだけ迫っても、教育現場で「命はいかに大切か」を懸命に教えても、残念ながらこれからも同様の事件は起きると思う。

 私はエライ先生じゃないから理由なんて分からない。ただ漠然とこの種の事件は増えこそすれ減らないんじゃないのかなぁと感じるだけだ。ひょっとしたら人間の退化が始まっているのかもしれないなどと、苦し紛れに考えている(もちろん科学的な裏付けなんて一切ない)。だって永遠に進化を続けるなんて保証されたワケじゃないんだし。

 今回の事件、一部の報道では少年が女子生徒を襲って殺害するまで30分間あったとされている。近所の人は物音や悲鳴を聞いたというが、その時点で誰かが警察に通報したという話はこれまで聞いていないし読んでもいない。早い段階で、誰かが様子を見に行ったり(襲われて却って危ないかなぁ)警察に通報していれば、あるいは彼女は助かったかもしれない。

「たられば」の話ではあるけれど、なんかやるせない。翌朝になって仕事を終えて帰宅した母親が惨殺された娘の死体を見つけるまで一晩そのままだったというのがすごく悲しい。

 少年の母親にしても然り。制服に血をつけて家に帰ったら、それが転んだせいなのかどうか母親なら一目で分かるはずだ。翌日になって「ブレザーをクリーニングに出したから」と犯人の生徒の登校に付き添ったっていうが、自分の子どもに遠慮して何も聞けなかったんだろうか?

 近所の人ばかりか、自分の家族との関係すらどんどん希薄になって無関心になっている。これが私のいうところの『人間の退化』なんだろうか。
posted by らくだ at 22:36 | Comment(9) | TrackBack(0) | 国内ニュース | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
現在の日本は、老若男女や社会的地位に関係なく「自分勝手で単純な人間」が増えてきたということなのでしょう。

それにしても腑に落ちません。「親子喧嘩」だと思って様子を見に行かなかった近所の人、少年が「転んだ」と嘘をついているのに制服の血を見ても分からない母親。私ならありえないですね。

とりあえず、私はこの少年には死刑判決が下ることを願っています。そうでないと、この少年に命を奪われた女子生徒がうかばれませんし、社会のルールを守って真面目に生きている人々が報われないことになりますからね。

人の命は一人一人が平等のはずなのに、犯罪者(加害者)の命を被害者の命より重んじる現在の法律。犯罪者(加害者)をかばって被害者を軽んじる現在の法律と言い換えることもできます。犯罪者を更生させて社会の発展に役立たせるという観点からすると、現在の法律は正しいのかもしれません。しかし、それでは被害者やその親族があまりにも無念ですし、犯罪者によっては「お得」な状態になっているのではないでしょうか。裁判官の基準になっている法律は、現在の日本社会に対応できていないのではないでしょうか。甚だ疑問に思いながら日々を過ごす近年の私。

日本も物騒になってきましたね。いつから狂ってしまったのでしょうね。今思うと、1995年ぐらいから変化の兆しがあったかな。ここ10年で世の中(それとも人々の考え方?)はずいぶん変わったなあ。
Posted by ハググ at 2005年11月15日 20:56
 近所の人が「親子喧嘩」だと思っていたというのは知りませんでした。命が掛かっていても、親子喧嘩と見分けというか聞き分けできないものなんでしょうか。

 少年は無我夢中だったというから、パトカーのサイレンはもちろん、電話やドアのチャイムだって、鳴れば彼がふと我にかえったかもしれないのに。

 少年の母親だって見て見ぬ振りをしたのはまず確実ですよね。臭いものにはフタをして黙っておこうという感じ。

 マスコミは「少年の心の闇」はそろそろやめにして、「犯罪を許さない社会をいかに復活させるか」考えさせるような報道をしてもらいたいです。

偉そうなことを言っていても、結局のところは「可愛い女子生徒に片思いしていた男子生徒の成れの果て」「可愛さ余って憎さ百倍」っていう興味本位の伝え方なんですよね。
Posted by らくだ at 2005年11月15日 22:45
 死んでも生き返ることができると思っている子どもがいる現実、テレビゲームで、ちょっと気に食わない展開になるとすぐリセットしてしまうくせが現実にも通用すると思っているのかもしれません。
 子ども番組でも、絵本でも、「これでおしまい」ときちんと終了しないと、向こうの世界に子どもが行ったままになり現実に引き戻せない という話も聞いたばかりです。自分も含め多くの人が「向こうの世界」おそらく空想の世界を指しているとおもいますが、現実の境目の区別が出来ない面が出来つつあるのかもしれません。

 自分の子供をどう育てるのかが、ますます問われる 大変な時代に子育てしているから、こういう事件が起こると悩みます。
Posted by ちゅん at 2005年11月16日 21:42
今の親の世代がめんどくさがってやらなかったこと。
また、便利になってやらなくなったこと。

それが今結果として出てきていると思います。


ゲームのせいにする大人。
(マスコミの報道の仕方にもかなり問題があるとは思いますが…)
『ゲームの面白さ・怖さを大人が理解してそれをきちんと伝える』
それをやってないのに、まるでゲームを作った人が悪いような考えは責任転嫁のように思います。
アフターケアして下さいっっ(><)

子どもにとって親は絶対の存在なんです!!
子どもの言いなりになっている親が理解できません。子どもを守るのは親しかいないのに…
親が子どものプライベートに首を突っ込むのは当たり前です。プライベートなんてのは大人になってからで良いんです。

とある人が「残念ですが、母乳で育てなかった時からもう手遅れです。」と言ってました。母乳が出ない人も生活習慣の乱れを直せばたいてい出るようになるそうです。母乳で育てる意味の大きさを産婦人科で教えて欲しいなぁ…


現代社会の「結果だけを見て、それをどうやったら改良できるか」というのはそろそろ終わって欲しいです。
かならず「根本の改善」の社会が来ますように…


P.S.〉突然すみません。衝動だけで書込んでしまいました(__;)かなり抽象的ですが読んで思ったことです。



Posted by yashinomi at 2005年11月17日 01:39
 便利な世の中になりすぎたせいで、簡単に物事を決めてしまう風潮があります。この少年にしても「急に冷たくなった」から「嫌われた」、だから「殺す」という経路を単純に辿ってしまったのではないでしょうか?何かにつけ早急に結果が求められる現代社会のひずみが生み出した悲劇だと思います。

 いずれにせよこういう事例はますます増えてくるでしょう。結局物欲は満たせても、精神の豊かさという点では現代人ははるかに乏しいということを再確認しました。
Posted by ふれでりくす at 2005年11月17日 21:47
純粋に親だけが100%悪いと思うんですけどね…。

今の育て方って本当にひどいですよ。夜は早く寝かせるとか、ゲームをしすぎるようならゲーム機を取り上げるとか、子供が他所様に迷惑を掛けていないか疑って確かめてみるとか、基本でしょ?

子供を疑っちゃいけないとか叱らずに育てましょうとか、「お前頭おかしいじゃないのか?」って言いたくなるような変な母親が多すぎますよ。
Posted by やぎ at 2005年11月17日 23:51
>ちゅんさん
>yashinomiさん
>ふれでりくすさん

 みなさんのコメントを読んでいるうちに、私が「人間の退化」と感じたものが、もう少し具体的なイメージになってきました。要するに、物やサービスはどんどん増えて便利になっているけれど、果たして10年後に今よりも「幸せ」と感じられるだろうか? 10年前、15年前、20年前と比べたらどうだろう?というようなことなんです。

 個人差はあるだろうけれど、社会全体的にみて、良い方向に行っているとは思えないってことなんですね。自分の直感を頼りに書いているブログですが、みなさんのおかげで自分の考えを整理することができました。
Posted by らくだ at 2005年11月17日 23:54
 そうですよね。次々と新しいサービスは出る。でもそれで「幸せ」になれるのか、ちょっと疑問が出てきます。

 でも結局、世の中生きていくにはまず「お金」に帰結してしまうかも、というのが私の最近の体験で悟ったことです(苦笑)
Posted by ふれでりくす at 2005年11月23日 21:05
私も人間の退化を実感している一人です。
過去の人間の歴史をテキストや資料を調べていくうちにたどり着いた結論です。
しかし、一般的には人間の退化を声高に言う人は少ないと思います。

歴史を1000年、2000年、1万年単位で調べていくと驚くほど現代人が退化していることに気が付きます。
シュメールの人々は現代のテクノロジーと同じかそれ以上のものを身に着けていたということだけでも人間が如何にして退化してきたかということだと思います。

そして、世界が混乱のど真ん中で生活している我々は何の抵抗もなく現状を受け止め生きているのですから、退化などに気付きもしないで生きているのだと思います。

何が良くて、何が悪いのかの判断すらも判らなくなってきているのですから。

しかし、この混乱の時代をどのように生き抜いていくかが大きな課題だと思っています。そして、少しでも多くの人に現状の問題を正しく理解し、改善の方法や工夫しその解決策を探しあてて貰いたいと思っています。
Posted by kannosuke at 2010年04月18日 22:53
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