「お年寄りを大切にしよう」なんていうのは昭和のキレイごとなのか。きのうは社会と自分の意識の変化に気づかされる小さな事件があった。
電車の座席はほぼ埋まり、車内には立っている人がちらほらいる程度。私の向かい側座席の前には男性1人、女性2人のハイキング帰りらしい高齢者が立っていた。私に背中を向けているから時たま見える横顔で判断するしかないが、60代半ばぐらいか。彼らの目の前の座席には若者2人と50代ぐらいの女性1人が座っている。若者は2人とも茶髪、1人はサングラスをしていた。
この人たちに気づいたのは、この高齢者組の男性が「最近の若い者は年寄りを立たせても平気なんだから」「ちょっと前は罪悪感からか寝たふりをしたもんだが、最近じゃ寝たフリもしないからふてぶてしい」などと、かなり大きな声で話しているのが耳に入ってきたからだ。どうも自分の前にいる若者に席を譲らせて女性2人を座らせたかったらしい。
ここまで嫌味っぽく言われると、まったく関係ない第三者の私だってちょっと気分が悪い。すっかり眠気が覚めてしまった。反対側にいる私が席を譲れば、もう1人ぐらい誰か立ってくれるだろうと思って腰を浮かせかかった瞬間、サングラスの若者が口を開いた。
「あんたたちさぁ、山は歩けるのに電車では立てないの? それっておかしくない? 遊んできたんだろ? こっちはこれから仕事に行くところなんだよ。だいたいさぁ、俺みたいなヤツが土曜日も働いてあんたたちの年金を作ってやってるんだって分かってる? 俺があんたみたいなジジイになったら年金なんてもらえなくて、優雅に山登りなんてやっていられないんだよ。とにかく座りたかったらシルバーシートに行けよ」
細部の表現は覚えていないながら、こんな感じ。チャラチャラしているように見える若者の意外な発言に正直言ってビックリ仰天した。「お年寄りに席を譲りましょう」とか「お年寄りを大切にしましょう」などというキレイごとを聞いて育ってきた世代の私にしても、彼の言っていることは正論に聞こえた。あたしって壊れてきているのかな? 浮かせかかった腰を再び降ろしちゃったよ。3人の高齢者は凍りついたように黙りこくり、次の駅で降りていった。ほかの車両に乗り換えたのかもしれない。
なんつ〜か、世代間の断絶というか格差を思い知らされたな。そういえばいま一番元気でお金を持っているのってシルバー世代なんだよね。戦後の復興と日本経済の躍進を引っ張ってきた彼らが「よく働いたんだからゆっくり楽しもう」「若い人から尊敬されて当たり前」と思っているのも理解できる。
一方、若者世代ときたら、自分の納めた年金保険料は自分のための積み立てじゃなく、いま現在支給されている年金の原資。自分が受け取る年金なんてこの少子化社会で支えられるはずないって分かっている。消費税だって時期はともかく2ケタになるのは必至。これまでのような高度成長も望めない。将来に悲観的になるのもムリはない。そんな世代のハザマにコウモリみたいな私の世代がいるってワケか。
政治家は「ニート対策」とか口先では言うけれど、この若者を納得させられるような説明ができるのだろうか? なるほど若者の勤労意欲が低下するのも無理ないな〜と思った次第。自分が子供だったころとは社会がずいぶん変わってきていることを実感した。
【追記】 4月24日にこのエントリーを書いてから1週間あまり。本当にたくさんのアクセス、コメント、トラックバックをいただいた。コメントは600件を超え(二重投稿の削除に失敗するのが怖くてまだそのままにしてある)、「ひとりごと」のつもりだったのが「600人ごと」になった。
ゴールデンウィーク前半を使ってコメントをあらためて読み返してみた。ひとつはっきりしているのは、若者が年金の話を持ち出さなかったら、私はこの話を書かなかったということ。ハイキング帰りの老人が嫌味を言い、それに若者が「ハイキングできるなら立てるだろ」と言い返しただけなら、たぶん『ワカゾーが逆切れしている』ぐらいにしか思わなかっただろうし、そんな話はほかでも聞いたことがあるように思う。それほど印象に残らなかったはずだ。
確かに電車の座席と年金は何の関係もない。若者は突拍子もないことを言ったのだが、だからこそ記憶に残った。年金問題が話題になったのは、江角マキコの話から未納三兄弟へとつながっていく昨年のこと。『この若者が2、3年前にいまと同じ立場にいたら、果たして年金の話なんて持ち出したんだろうか?』とか、『自分が彼ぐらいの年だったころは、給料から天引きされる年金保険料のことなんて一切関心がなく、年金のことなんて一瞬だって考えたこともなかった。時代は変わったなぁ』とか、「年金」が出てきたのをきっかけにいろいろと考えさせられた。
つまり、本来なら『ワカゾーの逆切れ』と思って反感を持ってもいいはずなのに、自分がそのワカゾーの言うことに耳を傾けて『ふ〜ん、そういわれてみれば…』などと思っていたわけで、その自分にびっくりしちゃったっていう単純な話を書いたつもりだった。
道徳観や倫理観など小難しい話を持ち出すつもりは毛頭なく、やろうとしてもそれだけの才覚はない(試みてもボロが出て恥をかくだけだ)。誰は何をすべきだと断じるつもりもなく、「どちらが正しいと思いますか?」とか「さぁ、みんなで裁きましょう!」呼びかけたわけでもない。どんどん増えていくコメントを読みながら、正直いってきつねにつままれたような気分だった。というわけで、600あまりのコメントを読んで感じたのは「元記事を書いた私が一番ズレてる」ってこと。私らしいといえばそれまでなんだけど。
ところで、外見では分からない社会的弱者のかたから寄せられたコメントが私の予想以上に多かった。最初のほうに書き込まれたこともあり、心臓を患っているというみさんの体験談が特に印象に残っている。私はどこかで彼女と同じ乗り物に居合わせ、彼女に冷たい視線を送っていたかもしれない。これからはそんなことをしないと断言できる自信もない。それでも彼女のような人がいるってことは、ずっと頭の片隅で覚えているだろう。(5月2日午後11時20分全文差し替え=この追記の内容は5月2日のエントリーと同一内容です)
【関連エントリー】
雑誌取材を断った(5月8日)
譲る年齢、譲られる年齢(5月30日)
らくださんのお話聞いて「う〜〜ん」と考えさせられてしまいました。
お年寄りを大切にすることと、お年より自身が周りに甘えきってしまうことは違うのになあと私も思っていましたから。
電車の中で、バスの中で、街中で、時々カチンとくるお年寄りを見かけて、自分の気持ちがすさんでくることがあります。
人生の先を歩んでいる人はそれなりの覚悟は示してほしいな・・・と。
じゃないと、若い人はそんなお年寄りより、もっとずるくなってしまいそうですから・・・
堂々と言い切った若者に、拍手を送りたい気分。
「年よりは大事にされるべき、いたわられるべき!」と思う高齢者は多いのではないでしょうか。
何かはき違えてるんじゃないかなーと思うことが多々あったので
「そうそう、そのとおり」と、感じてしまいました。
もちろん、大変な時代を通り越されてきた世代であるとは思います。
でも、元気な自分はまだまだ社会のお役に立てるとふんばっている高齢者もたくさんおられるはず。
「自分は高齢者だ」という意識を、プラス方向へ持っていく方が増えたら
社会は高齢者にとっても若者にとっても
明るくなると思いますね。
シルバーシートだけが「優先座席」という認識がすでに間違ってるような気がする。
若者はそこまで言うほど座りたいのか?
年金とかを持ち出してくるところに、小ささを感じずには得られない気がしました。
シルバーシートだけが「優先座席」という認識がすでに間違ってるような気がする。
若者はそこまで言うほど座りたいのか?
そういう認識ならどっちもどっちだなぁ、という気もするけれども。
シルバーシートだけが「優先座席」という認識がすでに間違ってるような気がする。
若者はそこまで言うほど座りたいのか?
そういう認識ならどっちもどっちだなぁ、という気もするけれども。
だったらやっぱ譲ってあげてほしかった。おじいさんのしたことは好意からきたものだし。
嫌味言うくらい元気だったら立てるでしょ?
というか、私がその場にいたら「確実に」その人達には席を譲りません。
というか、私が席譲ろうとしても大抵「大丈夫」と言われてしまうのだが・・・なんでだろ?
好意から席を譲ったら、
「わしを年寄り扱いする気か」
などと怒鳴り散らされたっていう話もたまにききますし。。。
でも、譲った時に「ありがとう」の一言をもらうと、すごく気分が良くなりますよ。
らくださんのお話を聞いて、私も先日、同じような体験をしたので話させてください!
それは土曜日の午前中、比較的空いてる電車の中での光景でした。
私の隣の席には10代に見えるサーファーっぽい格好の若い男の子1人。
その私たちの向いにはこれからハイキング?のような格好のご老人。
ご老人のわりには行動的な感じの…
突然そのご老人が、おもむろにケータイを取り出して、電話をかけ出し始めました。
「あぁ、○○さん?今、□□だから到着は30分後くらいかな?
え?あぁ、そうそう!それでね、、」
と相手の声まで聞こえる大音量ケータイで、大声で5分くらいは話していました。
その後、次の停車駅に着く数十秒前に電話を切りました。
私としては
「まぁ空いているし…こんなこともありなんだな。。」
とのどかな光景の一つとして見過ごしていましたが、
隣に座っていた若い子がスッと立ち上がって開くドアの前に近づき、
そのご老人に向かって、
電車内壁に貼ってある通話禁止の注意書きをバンッと叩いて
「おい、じいさん!電車内では通話禁止だよ!!
ここに書いてあるの読めないのかよ?!」
と注意しだしたのです。
ご老人は驚きそしてすぐに焦って、
「え?!あぁ、、急ぎだったもんで…」
と答えておりましたが、彼は
「常識だぞ!」
と、とどめの捨て台詞を残して電車を降りていきました。
自分の孫くらいの世代の子に、まともな叱りを受けて、気まずかったに違いない老人に同情の念はありませんでした。。
それよりか、老人だからルール適応外でいた私が少し、恥ずかしい気持ちにもなりました。
感情論抜きに世代間を超えた正論ってすばらしい。
まずは若者に拍手、真実を全て語ってくれました。確かに今のシルバーは都合の良い時だけ立場を利用してますよね。
今のシルバーはお金入ってくるけど、我々の時にはきっと無いですもんね。。。
私としては若者の発言にそれなりに納得している自分にちょっとビックリしました。
あの場にいたひとは多分そろってイヤな思いをしたと思いますが、彼らの会話はいろいろと考えるきっかけを作ってくれたので、その点では感謝しています。
>kob@。さん、
>好意から席を譲ったら、
>「わしを年寄り扱いする気か」
>などと怒鳴り散らされたっていう話もたまにききますし。。。
私は何年か前にそれを体験したことがあります…。とても気まずかった。
ヤクザだからどけってのっと構造的には同じですもん、年寄りだからってのは。
車椅子の人は優しくされるのに、見た目に分かりにくい聴覚障害者は、健常者と同じに見られつらい思いをすることがあると聞きます。老人だから、優しくされるのでなく、弱者だから優しくされるんで。
夜勤でつかれているのに若者のクセに座っているとか悪口言われるとムカつきますよ。
弱者を気取った、弱者のエゴイズムは嫌いですね。素直に言えばよかったんで。
気分的には、どちらを支持するってのも、人なんだからあると思うけど
結局、笑顔に笑顔がやっぱり気持ちよく解決できる理想だとは思う、しかめ面にしかめ面じゃにらめっこだよ。
とりあえず、嫌味の件はそれで良くない
嫌味なんて誰が聞いても気分が悪いだけなんだから。
でも、反論した若者も
>俺があんたみたいなジジイになったら
なんて未来の仮定で悲観するのってどうよ?
「今のまま」進んだらって前提だろ?
だったら、今動いているそのシステムにどうして今の世代が熱心になれないのか?
自分の未来を本気で考えているなら、納税の義務を果たしているなら、抗議するのは当然の権利だろう?
それでも熱くなれない、馬鹿にするというのなら、そういうシステムに身を任せたって事で何も文句は言えないだろうさ
若者必死だな(藁
ってところでしょうか
味がでるというかなんというか・・・
目からうろこだ・・
確かにこういう発想もありだよなぁ・・
だけど60代だったら普通に席は譲らないな。
ハイキング行く気力があるのなら立てばいいさ。正論だ。
それと政治の事だが、無関心なのは罪だけど無関心の原因は政策のせい。
ここは水掛け論なのであれこれ言ったってしょうがないよ。
俺は政治に興味もあるし選挙もちゃんと行くけど、政治に興味が無くなっていくのは
それこそ国会に問題があるんだと俺は思う。うそつきばっかだよ。
>それでも熱くなれない、馬鹿にするというのなら、そういうシステムに身を任せたって事で何も文句は言えないだろうさ
そうだろうね。だからこそ言える若者って結構すごい。
おじいさん方も昔は働いていました。少なくともこの若者よりもこの翁の方が何倍も長い間生きて来ているし、働いてもきてます。
>だいたいさぁ、俺みたいなヤツが土曜日も働いてあんたたちの年金を作ってやってるんだって分かってる?
日本の経済的繁栄の礎を築いたのはシルバー世代です。この若者もその恩寵を受けているでしょうが。ただ当たり前に物や豊かさがあるのでは無いんですよ。今の世代から次の世代へと、こういう歴史の連続性の上に、国家にしろ、社会にしろ、全てが成り立っているのです。この若者は、年金が貰えないやら、政治が悪いやら言って、自分の我がままを社会に転嫁して自己正当化しているのです。それなら政治に関心を持ってください。選挙に行きましょう。
>俺があんたみたいなジジイになったら年金なんてもらえなくて、優雅に山登りなんてやっていられないんだよ。
年金が貰えないのは政治のせいです。確かに現在、日本は国家破綻ほぼ確定の路線を歩み続けています。この若者は確実に年金も貰えないでしょう。その点はドンマイ。しかしながら、御爺さんの視点に立って、こう考えてみてはどうでしょう?
「お前等が毎日甘い菓子を美味そうに食っているが、わし等が子供の頃には甘い物なんて全然食えなかった。」と。
>とにかく座りたかったらシルバーシートに行けよ
>あんたたちさぁ、山は歩けるのに電車では立てないの? それっておかしくない?遊んできたんだろ?
若者の精神面での問題です。
社会という物は、「お年寄りは大切に」等の常識・道徳で、人間の弱点や卑しい点を補いながら運行しています。人間独りでは生きられませんし、社会無しでも生きられませんので、やはり社会と言う大きいものに護られている一個の人として、今の若者には社会のルールは最低限でも守って欲しいものです。と言っても、俺も若者ですがね。長文スマソ
そういえば、このブログに来たのは初めてですね。気が向けば、また拝見させて頂きます。それでは、失礼します。
高校生のおれなら間違いなく同じような事をしますが。
そうそう自分もそう思います。
もしその老男性組みが直接若者に話していなかったんだとしたら、ホント気分悪いです。もし席を譲ってほしぃと思うなら
そんなとおまわしに嫌味いわないで、ちゃんと若者本人に向かって直接席を譲ってほしいという趣旨を伝えるべきです。そんなの誰だって譲りたくなくなるに決まってます。
若者はまぁ良くぞそこまで思いついたと感心してしまいました。
まぁしかしお年よりは大切にはするべきだと思います。電車揺れますからねw
それにしても今日の電車の脱線事故はこわいですね、電車に乗るのがこわくなります。
でも老人がいやみな発言をしなければほんと、どうなっていたかわからないと思います。素直に席を譲ってもらえませんか?と言えばいいものを。まだ弱弱しいふりをしてくれた方が、ムカつきながらも席を譲る気分になりますね。
義務でもないし、優先席でもなければ譲らないことがモラルに反することでもない。
オッサンらが言葉を発したことは余計だったようだ。
しかし、我々若者が”物質面で”豊かに暮らせているのは、自分の親以上の世代のお陰だと思っている。
豊かになった途端、その世代の考え方も微妙に狂ってきていると、時々感じるけど。
ってか、山登りで疲れた年寄りに席を譲る必要はないと思うな。
自分も若者に納得してしまいましたね。
「自分達は弱者だから当然」という意識は、持ってる本人以外は不快です。イヤミ作戦で今までは成功していたのだろうか?
若者も、言い過ぎという気はしなくも無いです。でも、彼らが政治に興味があるかどうかわからないのに、国民年金の話を出すことで、まるごと政治が・・・とか、政治に興味が無いせいだ、とか言うのはおかしいと思います。
あと、若者の身なりへの偏見がイヤミを言わせた部分があると思います。
らくださんが見たとおりなら、
お年寄りの方の勝手な偏見+ふてぶてしさ=イヤミ作戦 ?
自分も通勤はカジュアルな格好なので、学生に間違われますが、通勤片道2時間でありつく座席は天国ですよ。特に帰りは。
立つのが辛そうだ、と思える人じゃないとこちらが立つ気にならない、というのが自然な気持ちです。
ハローケイスケのネタで、「全力で駆け込み乗車するお年寄りには席を譲りたくない」というのがありましたが、まさにそんな感じです。
それにしてもこの話に出てくる若者、なかなか冴えてますね〜。
ただ、若者側のセリフも正直ピントがずれてると思いますね。
山登りとか年金とかこの際どうでもいいことです。
僕が若者の立場だったら一言、
「人にものを頼むときには態度ってもんがあるやろ、ボケ!」
てか山登りする元気のある人に席を譲る必要がないってのはある意味正しいと思う。山登りやってる老人ってそこらの若者より体力あったりします(マジで)。俺は老人にやさしい社会っていうか弱者(この言葉でよいか分からないが)にやさしい社会がいいと思う。
私はどんな理由でアレお年よりは大切に
というかいたわってあげなければならないと思います。
お年寄りって本当に体力ないんですよ。若者が思っている以上に。立ってるのつらいんですよ。
わかってあげてください。
もちろん嫌味は良くないけど 若者の主張する年金がどーのこーのは ご老人には直接関係ないことです 文句を言うなら政治に。
本当に辛そうなお年よりになら、いくらでも席を譲ります。
体力が無いと言いますが、
このお年寄りは山登りをし、遠まわしにグチを言う余裕すらある。
なぜなら、それが社会のルールだからです。
私たちは、なぜ高齢者に席を譲るべきなのでしょう?
それは、高齢者とは、多くの場合「社会弱者」であるからです。
よって、「経済大国日本を築いた功労者だから」というのは誤りです。
全く関係のない次元の問題です。
よって、ハイキング帰りと見受けられる高齢者3名に対し、若者が席を譲る必要が無い(=心身ともに健康であり、社会弱者とは考えられない)と判断したことは、合理的な判断であると考えられます。
席を譲るかどうかというのは、あくまで善意の問題です。
社会のルールではないのですから、本来周りから強制されるようなものではありません。
ですが、男性はシルバーシートのシステムという基本的な社会のルールを理解せずに、人の善意を一方的に当て込んだうえ、電車という公衆の面前で大声で嫌味を口にしました。
これは明らかに公序良俗に反する間違った行為です。
非は、嫌味を口にした男性にあります。
あのハイキング姿の老人たちは、きっと健康維持の一環としてハイキングをしていると思うのに、ほぼ100%のハイキング老人は人を押しのけてまでも席に座ろうとしますよね。皆さん経験ありません?
あれはタチわるいですよ。
結局言い方ひとつなんですけどね。
大人からして、あんな言い方しかできないんですもん、兄ちゃんたちだって強い言い方になりますよね〜。
その老人たちはうまく年を取れなかった人たちなんです。
私は大学生とまだ『若者』ですが、老人には席は譲る方です
でも、ある意味だからこそ、この若者を支持します
この間、立っている人がまばらにいるような、少し混んだ電車に乗っていた時のこと
60過ぎくらいの男性が入ってきて、開口一番、
「おい! 若いモンは老人には席を譲らんか! ほら、さっさとどけ!」
と、女子高生に怒鳴りつけていました
確かに60〜という年代は、戦後の廃れきった日本を、世界でも有数の先進国にまで育ててくれた、立て役者です
十分尊敬するに値しますし、それと共に感謝すべきだと思います
ですが、だからといって、よくされるのが当然だ、という思想はどうでしょう
同様に、降りる客より先に平気で乗ってくる老人、シルバーシートだからといって2人分くらい占拠している老人、電車通学なのでそういうのを見かけることが多々あります
この若者のように、年金云々と結びつけるのは、いささか的はずれな感じもしますが、この老人のように、思い通りにならないからと言って嫌みを言うのもどうかと思います
冒頭の通り、私は老人には席は譲る方です
しかし、席は譲られて当然だと思っている老人ばかりだと、ウォークマンでも聴いて無視したくなりますね
色々と、深く考えさせられる文でした
長文スマソ
「土曜まで働かないかん」のは、その仕事に就いているせいであって、老人が年金を受けることとなんらが関係ない。
「あんたたちの年金を作ってやっている」発言について。老人は年金を積み立てたからもらう。これは当然の権利。それを老人に認めないなら、自分の年金を受け取る権利を放棄する行為に等しい。
年金は自分のために払っている。老人へのいたわりじゃないんだから論理は成立せず。そもそも、いたわるなら席は譲る。嫌味言われる前に。仕事前で疲れてもおらんわけやし。
「土曜も働いて」土曜、働くのがいやなら、週休二日の仕事をすればいい。仕事がないってのは反論として不十分。茶髪グラサンで週休二日の社員になる活動か…。見つけられないのは老人のせいではない。
「シルバーシートにいけ」シルバーシートは優先席であって、優先席以外が、先に座ったものが譲らない権利を主張できる場であることを保障するものではない。
結局、問題なのは若者は年寄りに席を譲るべきか否かだけ。文句を言われないように茶髪グラサンで周りを威嚇し(本人にその気がなくても恐いぞ)、それでも嫌味を言われたから開き直った。答えは明白。やくざはどっちだ。
ところで、完全な論理遊びですが「山は歩けて、電車は立てないのはおかしい」か。山歩きはたのしい。電車でたつのは疲れる。誰でもそうだろ。「おかしくない?」「おかしくない!」だれでも、そう思うなら、一般的に正しいんじゃない?
年金が自分のために払うものだということをお忘れではありません?「高齢者を支える助け合いの制度です」なんて口車に乗せられていません?年金に文句があるなら年寄りに八つ当たりする前に、選挙にいこう。もしくはデモを起こせ!付き合うぞ!妙な「正論」を真に受けるまえにいっそ中国のように!
ここでは老人の(あったかもしれない)社会を支えてきた功績は考えない。焼け野原から立ち直った日本を支えた功績をいったら、この場合、老人は一種の免罪符をもち、論理以前に若者の負けになっちゃうから。
長文すいません。
まぁ世間一般ではそうかも知れないけど
この場合は当てはまらないでしょ
立つのがつらい老人が遊べるほどの体力があるわけない
そりゃ、矛盾してますよ。そういう傲慢さが若者のきつめの発言になったんだろうなと。
連れを座らせたいならそう言えばいいのにイヤミをクチに出すあたりがおかしい。
そもそも「近頃の若いモンは」なんていうおっさんおばさんなんかの方が電車で大声で喋ってたり携帯使ってたり歩道で横に広がってたりすることが多くて非常に腹立たしかったりしますし。
まぁ政治まで言い出すとキリないけど所詮下の世代は上の世代みて育つわけだから「コミュニケーション」を行わず「一方的なイヤミ」を展開したのでは次世代の手本にはなれないですね。
むしろこの状況でこんだけ反論した若者の頭の回転に拍手。気が弱かったらヘコヘコ謝ってどいてるところですよ。
俺はヘタなジイさんよりひ弱だぞ!
20分も立ってりゃ腰が痛む。
スポーツして体鍛えりゃいいんだろうけど、そんな暇はねぇ!
仕事がクソ忙しいんだ。
だいたい、ジイさん達がオレ位の時は、家族とメシが食える時間に家に帰れたんだろ?
本当に弱い人間が分かるスカウターを作って、オレに席を譲ってくれ・・・。
高齢者側は完全に的外れですし、若者側も「座れる席へいけばいい」以外は意味がない。
まぁどっちもどっちかなって正直おもいます。
たとえば逆の優先があって、映画のタイタニックとかでも救命ボートに最後まで乗れないのはお年寄り。若者は将来があるからとかいわれますよね。一般に。
だから優先っていうものが社会的に存在するのは理にかなってると思います。
前にもありましたが、席くらいならお互い相手を敬えばこんな衝突なくなるとおもいますよ。
年金がもらえないとかはちょっと見苦しいかな。心が貧しいなっておもいます。それにお年よりも座りたくても譲ってもらえるまでまてるプライドもってほしいですね。
結局お互いこんなことで必死になるのはみっともないと思います・・・
というのが席の話でおもったこと。
若者に賛同できるところがありますが、それはあくまでお年寄りに対してではなく、「社会保険庁であったり国に対してへの文句」という点で賛同なんだろうなっておもいます。
どうでしょう?
おれは普段席譲ります。
そんな自分が好きだからです。
ってかそんな自分をみんな好きなりましょう。
たぶんこの人はよぼよぼの老人でさえ
席を譲らないだろう。
嫌味を言われたとは言え老人に対して
あそこまで言うとは心がすさんでますよ
だいたい合理的とかの問題ではなく
道徳の問題ですよ
同じ若者として恥ずかしすぎ
老人を敬えとは言いますが、老いては若きに従えとも言います。
「席を譲って当たり前」と考える老人も、甘えが過ぎていますね。
>席を譲らないだろう。
推測で相手を非難するのはやめましょう。
決め付けでこのような物言いをするのは、
それこそ道徳的な問題があるのでは?
スマンスマン
俺の経験から来る推測だからな
たいてい言われて文句たれるやつは
最初からやる気がない
しかし君もよく揚げ足取るね
ちょっと論点がずれますが、土曜が仕事な人、別に珍しくもなんともないですが…。
土日が休みだと偉いのですか?
サービス業等の大半は土日出勤、平日休みですけれど。(茶髪で勤まるとなると限られるのは否めませんが)
席を譲るか譲らないか、その点で考えると単純に嫌味言われたら譲ろうと思っても譲りたくなくなります。
座ってる若者にしてももしかしたら体調が悪い等さまざまな理由で座っている可能性だってあるのですしね。
優先席の前に立っていた老人が、持っていた杖で、優先席に静かに座っていた妊婦のお腹を突然強く突いた。
周りの人に捕らえられ、駅員に連行されながらも、「若い女風情が…」とブツブツ呟いていたという。
近頃の若者は…が彼らの世代の口癖だが、
近頃の老人も自分勝手な人が多い。
強制するってのは、ちょっと違うんじゃないかな。
だから、どちらがどうとか言えない。
双方、反省すべき点はあると思うよ。
日本もこれから、老人だけがお金を持っている図式になるので、それにちなんだ、犯罪も増えるのはアメリカ同様かも知れません。
しかし日本人が持つ倫理感や道徳で老人とのお互いの歩み寄りをすれば、社会でお互いに適合できると思います。席の譲る譲らないも日本人は他人に親切事をされると遠慮が働きます。
それをしたほうも感謝の気持ちを少なからず、欲しいと思ってたりもします。
フランスではこういう行為はお互いに遠慮をしなくて自然に行なわれるので、したほうもされるほうも、心の持ちようが楽なんだと思います。それはギブ・アンド・ギブの精神なのかも知れません。されたほうは、ありがとう。それだけで充分なのですが、日本の場合は譲ってもらったあとになぜか気まずい空気があったりします。
若い人は老いていく人の気持ちを知り、老いていく人は、まだまだ学び社会に溶け込めるぐらいの気持ちと心を、そして、同じ空間を共有する場所では、互いの存在を認めあい、協力する。日本人である以上、文化も
常識も個人レベルで押し上げて、日本が良い国になって行くことを願ってやみません。
「席を譲ってください」と目を見て言えないイヤミな老人にも腹は立つし
「年寄りに席を譲らないこと」を必死で正当化している若者にも馬鹿じゃないの?と思う。
と思った。
なんにせよ目的のために行動を起こした段階で、
その目的を成就するための手段なんだよな。
山に行ってからハイキングが始まるのではなくって、
ハイキングに行こうとして家で支度をした段階ですでにハイキング。
ただ、これは俺の考えなんで押し付ける気がさらさらありません。
素直に意見を受け止めればいいものの
なんで反論されたら「言われっぱなしはく悔しい」みたいな発言するのかなぁ
あなたのほうが若者よりもよっぽど道徳のない人間にみえますよ
小学生のころ聞いた家に帰るまでが遠足〜
と似てますな
推測や経験則で言っている意見は
たくさんある。自分が気に入らない意見
のみだけ揚げ足とってるんだろお前は
あなたのほうが若者よりもよっぽど道徳のない人間にみえますよ
はいそれも決め付けです
推測や経験則で言っている意見は
たくさんある。自分が気に入らない意見
のみだけ揚げ足とってるんだろお前は
あなたのほうが若者よりもよっぽど道徳のない人間にみえますよ
はいそれも決め付けです
まぁ揚げ足取ってるのは正しいんだから
なんで反論されたら「言われっぱなしはく悔しい」みたいな発言するのかなぁ
こう思うならまずは君が何もいわないこったね
蓄積された知識と経験こそが尊重されているということを、まず老人自身が忘れてはいけない。
…なんてことはともかく、弱さを武器として持ち出した時点で、弱者として保護される権利を自ら放棄したのと同義。
戦えないから弱者たりえるんですよ?
まぁこの若者の意見が正論かってーと、それはまた別の問題ですが。
1つだけいえるのは、他人を非難するのは簡単だけど、相手の立場で物事を考えるのは本当に難しいということです。
今回の話は、老人と若者だけの問題ではなく。そのやり取りを見聞きしていた人全員の問題のように感じました。
言の葉落ちて 幹は揺らがぬ
共感はするが同意は出来ないんだろうな〜
ただ、大いに考えさせらる事象だったと思う。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いって話は
辞めたいが、もし私がその場に居たら
上の句を古流に則って読むでしょう。
良いか悪いかは人が決めること。
その結果どうするかが大切かと。
反省の省とは「少ない目」書くらしいが、
既に過ぎ去った出来事を活かすならともかく、
拘るのはどうかとは思う。
ここの話に限らずね。
固定概念は人に壁を作る
まずハイキングに行くのなら帰り疲れることは想定済み。
そして帰りに座りたいのなら混雑を避けるべき、老人なら時間的に余裕のあるのだから土日を避けたり、急行・鈍行のある電車ならたいてい鈍行は空いているので鈍行に乗る。指定席の有料特急に乗るなど・・
権利とは最低限努力をしてから主張すべき。
僕は行楽に行ったと分かる老人なら急行に乗ってる時各駅停車がガラガラなら優先席だろうと譲りませんね。
嫌味じゃなくてさ、足が痛いのでかわってもらえませんか?とかこの人達辛そうなので席を譲ってもらえませんか?って言うだけで言葉の受け取り方もちがうよ。
譲ってくれそうになければ優先座席で言えばいいわけだしさ。
俺の友人に勤労学生がいて学校と週6でバイト入り続けて、学制服で夜の電車に座ってたとき同じようなこと言われたっていってたよ。
優先座席ってなんのためにあるんだろうって思うよ
でも、校長先生の話みたいで説教臭すぎる(笑)
句を読まれても、ポカーンですよ、多分。
ジジーに嫌味言われたくらいで怒るなっていうの。
なんで、自分の尺度で相手を分析するかな? 相手の尺度で分析してあげれない時点で、駄目でしょ。
根性が無い若者が増えていると言うけれど、カッとする辺りが精神年齢低すぎだね。
なんか、相手を見て喧嘩をする弱い人たちのような気がします。
「ハイハイ、ジーさん悪かったね」って譲ってあげるくらいの心のゆとりが必要だよ。
税金を無駄に使っている政府が許せないなら、なんで他の国へ移らないのか? もっといい国はたくさんあるよ。
それでも、がんばって税金払って住む場所を決めているなら、仲良くする方法を考えないとだめなんじゃないかな? 強者が弱者にゆずらなければ、仲良くできないんだからね。
若者に文句を言われていたのが、自分の凄くお世話になったジーさんだったらどう思うんだろう。やっぱり、年金もらって遊んできたジーさんだから知らない若者に怒られても仕方ないと思うのかな? もし、これで考えが変わるんだったら、自分の考えの基本がどれだけ不安定なものかという事がわかるんじゃないかな?
見た目には全くわかりません
医者には移動は極力車を使用、電車やバスの場合は座れる時間を選んで二駅以上立たないように言われています
以前同じような感じの電車の中で同じような目に遭いました
お年寄りたちは互いに目の前で20分以上嫌味を言い続けていました
私に向かって言うわけでもなく、ずっと彼ら同士でしゃべっているのでじっと我慢しました、段々泣けてきました
感情の大きな起伏も心臓への負担になるのでなるべく避けていますが、我慢できなくなって途中の駅で降りました
半泣きになりながら逃げるようにドアへ向かう背後から「今の若い女は強情だ」「○○さん(率先して文句を言い出した人)偉いわー」「若いのは思い知らさないかん」などの声が聞こえました
他にもバスに乗っていたらいきなり「のいて」といわれて「私心臓病を持っているので・・・」というと「私なんて年寄りの上に間接も悪いねんで!」「心臓病の1個くらいで」「今の子は甘えてるから病気とかなるんや、立って体力付け!!」と怒られたこともあります(そのときは幸い遠い席のサラリーマンの人が席を立ちその人を連れていって下さいましたが・・・)
祖母と出かけると必ず私は座らされて、あいていなければ祖母は立っているのでよく知らない人に怒られます、怒られる理由もわかるし普通ならやっちゃいけないことだとわかっているので我慢できますが「同じ年寄りとしてあんな元気なのに我侭言うのを見ると悲しくなる、○○ちゃんごめんね」と、後で必ず祖母に謝られるのが辛いです
外から見えない病気や事情を持った人はたくさんいると思います
若者や連れの人だって病気や怪我だったのかもしれないのに、ぶつぶつ聞こえよがしに文句を言うのはあまりに悲しいやり方だと思います
まずちゃんと話しかけて会話をして欲しい・・・
自分ならどうすんだよ。
短文失礼しました
>推測や経験則で言っている意見は
>たくさんある。自分が気に入らない意見
>のみだけ揚げ足とってるんだろお前は
>あなたのほうが若者よりもよっぽど道徳のない人間にみえますよ
>はいそれも決め付けです
よっぽど悔しいらしい。
いい政治家もいるんでしょうが、政治家も悪いし、その悪い政治家をちゃんと選べてない国民も悪いと思います。とゆうか政治家に立候補してる人でいい人なんているのかと疑いたくなります・・・ほかの党をどうなじるか、しか考えてないような・・・
関係ない文になってすいません・・・
電車内はこの茶髪の若者だけじゃないでしょ。
それにハイキングに行ってる老人に席を譲るべきかってのは個々の判断によるところが大きいから、一方的に譲らなかった若者が悪いとは言えないけどね。
>>自分の凄くお世話になったジーさんだったらどう思うんだろう。
老人だから何でもありっていうのじゃなくて、節度をもって接してくれればこっちも気分よく席を譲るよ。
世話になった人であろうが間違ったことに対して何も言われないまま、もしも他の場所でも嫌味を言うようになるのなら、世話になった人だからこそ治してもらいたいね。
私事で申し訳ないですが、毎日満員電車に揺られて1時間ちょっとかかって出勤しています。
もし自分がすでに出勤だけで疲れてる時に、そんな風にトゲのある言い方をご老人にされたらと考えると、う〜ん若者の考えに共感を覚えてしまいますね。言いたい事はすっごくわかる!
普段心の奥でくすぶっている不満や将来への不安感なんかが、攻撃的な言い方をされた為思わず暴発しちゃったんでしょうね。
休出したり残業しても給料付かない不公平感なんかもあるかもしれません(自分の事ですが。。。)
でも、そんでもですね、ご老人に席を譲るべきです。にっこり微笑んで「どうぞ^^」これで問題解決です。最近そんな風に考えるようになってきました。もうオヤジなんかな(笑)
昔は老人は少なかった。体力も若者の方があった。長生きしているってだけで価値があった。今は違う。老人は山ほどいて金も沢山持ってて暇を持て余している。老人が金溜め込んで使わないから経済が停滞する。老人の溜め込んだ知恵も今となってはインターネットのほうがはるかに情報量が多い。年功序列なんて幻想はとっくの昔に崩壊している。
それに対して若者は仕事ばかり、リストラのあおりで残業も増えるし、デスクワークで体を鍛える暇も無い。積み立てた年金を貰える当ても無い。技術の進歩が激しいから、手に職付けても次から次へと新しい事を覚えなきゃいけない。
人口ピラミッドが逆転へ向かう以上、若者優遇政策へ切り替えていくべきじゃないのか?子供こそ宝だろ。
むしろ贅沢している老人から税金とって、若者に分け与えよ。
そもそも道徳ってなんだ?
既得権益を当然のように思っている老人こそ道徳を忘れてはいないか?
自分にそれだけの価値があると思っているのか?
若者が将来を悲観するようなつまらない生き方をしていないか?
老人のエゴを見て育った若者が、老人を尊敬できなくて当然だろう。もっと若者を尊敬しなさいよ。
誰だって、不条理と感じれば反発する。それだけ。老人と若者って見るから面倒くさいけど、人対人と考えれば。
老人だから、弱者だからって相手を尊重しないのはおかしいし、一方的な断定で非難されるなんて。不愉快ですよ、そりゃ。相手が「み」さんみたいに強者に見える、聴覚障害者や、病気の人だっている。一般人だって夜勤明けの人とかだっているかもしれない。そういう人は「若者」だから、強者?弱者だって開き直ってるのはホントに弱者?通俗な弱者論な設定は、それこそ相手に対する想像力の欠如だと思うけどなぁ。
そもそも相手にプレッシャーかけて、自分の欲求を実現するなんて姑息ですけどね。
道徳論の皮をかぶった、エゴイズムはキライです。
嫌味言われてまで譲るほどまだ人間できてないしさ。
つかここで「お年寄りは敬うべき」とか書いてるやつの何人が本当に敬ってるんだか…
老人は若者って集団を一括りに卑下するし
若者は老人を世の中のお荷物だと考える
そんなのが今の現実だろ?
本当に寝てたら(毎朝5時に起きて片道2時間近くかけて通学するため学校に行くだけでも疲れる)、元気なおばちゃんがやってきてストレートに
「どいて」
と言って無理やり起こされ、立たされた。
そしてそのおばちゃんは隣に座ってる知人と楽しそうにお喋り。
シルバーシートは確かに高齢者に譲り、また老人は大事にすべきだと思うが
席を譲るのはこちらの善意であって、
老人が席を譲るように催促あるものではない。
それ以来、普通の席であっても老人には席を譲るようになったけど。
はっきり言うと
こうした経験をしたことがないのにハイキングに行った老人を擁護してる人が偽善者に見える。
彼の発言はかっこいいけど大人気ないとも思いました。スカっとするようで何だか後味悪いなあ。
余談ですが、私の彼氏は足に障害があるのですが、一緒にバスや電車に乗った時に、席を譲ってくれるのはたいていお年寄りの方々です…
年配専用車両でも作ればいいのにとか
思ってしまうね。
70代80代に笑われますよ
やさしやを強制するのは間違ってるでしょ
それが若者でも老人でも
もし帰りの電車で座る事が出来無そうだったら一本遅らせる等色々と方法はあるはずでよ。
それを疲れて座りたいからなどといった理由で・・・
疲れるのが嫌ならば行かなければいい
疲れてもハイキングに行くのが楽しいなら行けばいい
そんな事は若者だとか老人だとか関係無い事だと思いますけどね
若者の意見に賛成してしまいます。
今の老人がもらっている年金は彼らが働いた分ではなく、
今(+もう少し以前)の人たちが働いてためた分だっていうじゃないですか?
で、そのお金を使って、遊んでるのに何様?!って思ってしまいます。
さらに、うちの地域の老人は地下鉄&バスはタダ乗り出来るんですよ!
ソレは、住民税とかから出してるらしい。
よほどストレスがないときじゃないと、
『いまどきの若者にしては…』って言われるような
行動は出来ないですね…。
もっとハッキリと「嫌味なんていう人には
譲りたくないですよ」と言えば良かったのに。
席を譲るか譲らないかなんて個人の価値観の違いなんだから何だっていいだろ、ってのが正直な意見。
今日の社会の発展を担ってきたとは言うものの、全員が全員担ったわけでもないだろうに。
自分が辛いとき、相手の辛さはわからないのでしょうか。
どちらも座りたいということを考えていて思いやりが足りないように思えます。
ここは若者の膝の上に老人を座らせるべきでしょう!
だってめんどくさいでしょ。若いってだけで席譲らないといけないのは。
だったら最初から立っとけばいいやってね。
少しばかり考えさせられた。
コメントの中に『老人達は思ったよりも体力が
無い』とあるが、ハイキングに行ってるような
ご老人達は逆に『体力ありまくり』である。
下手をすれば土曜に出勤している若者よりも
ずっと体力があるんではなかろうか。
自分ならこういった、重そうなリュック背負っ
て平然としているような、どう考えても元気な
老人たちには譲らないだろう。
ただ一つ考えられるのは、ハイキングだけに
怪我をしているかもしれないということ。
でも、その場合でも老人たちが
「怪我しとるんで席かわってやってもらえんや
ろか」と一言いえば済む。
嫌味を言って相手を嫌な気分にさせて言うこと
を聞かせるのが貴方がたの生き方だったのか。
もう少しプライドを持て老人達よ。
老人たちは自分よりも立場が上の[叱ってくれ
る存在]がもういないので、若者に叱ってもら
って『有り難い』と思うべきかもしれない。
お年寄りはやはり面と向かって「席を譲って下さい」と言うべきだろうと思いますし、若者も嫌味を言われたからとしても「譲らない」という宣言は、嫌味を言い返しているに過ぎません。
一般論として、年金云々は問題外。不払いで支えてあげていない若者も多いんですから、若者が代表して言えることじゃないのでは。それとハイキングで疲れるのと仕事で疲れるのはどっちが偉いんですかね。どっちも他人にとっては知ったこっちゃない話だと思いませんか?勤労は国民の義務ですし、お年寄りはその義務を終えた人たちです。仕事で疲れるのは当たり前だろうにと思いますが間違ってるのでしょうか。遊んで悪いことは何もありません。
その上でお互いに相手を思いやることが必要なのではと思います。どんなに嫌みを言うむかつく人であろうがなんだろうが、お年寄りが社会的弱者であることには変わりありません。お年寄りも嫌味を言っても何の解決にもならないことぐらい分かっていて欲しいですね。思いやりはぐっとこらえることも必要なのでは。
仮に腰の曲がったご老人が何も言わずに
立ってたら自分は何か言われる前に譲ろうって
思いますもん。
反面荷物を平然と脇に置いて一人で2人分の座席使ってる老人(別に老人に限りませんが)とか見ると常識ねぇなーと思いますし。
単純ですけど要は「謙虚な譲り合い」?の気持ちじゃないでしょうか。
以前自分がバスで席を譲ったご老人は先に降りる時に自分に「ささ、ここ座って」と勧めてくださいました。こういう小粋な事されると、正直、嬉しかったですもん。
いたわる側が「当然」と思っても、いたわれる側が「当然」と思うのはその時点で慢心だと思います。
年配の方を敬い、席を譲ったりするのは
世の中の規範となり、敬うべき・見習うべき事が多いから敬うわけで
反面教師ばかりだとうんざりすると言うか。
それを見て育った人たちは同じ年になったら同じ事をする可能性が高いと聞くので...
私は敬うべき点が多い方にはすすんで協力します(手をさしのべるのではないです)が、どうでも良い方には、何か行動を起こそうという気が全く湧きません。
敬老ってよく言われますが、私の場合は敬うべき年配の方を(年の離れ方に関わらず)敬うってとっています。
初対面で何も分からない場合は、よほど心象が悪くない限り、敬う方向で。和を重んじる方は敬うべきですよね。
嫌みのような言い方をされる方が多いですが、お願いしたり、場合によっては注意したらいいのにと思うのですが。
人としてどうかと思うのです。年齢以前に。
ある一定の年齢になれば大切にされるというルールなんて社会には本当はないんだと思います。
大切にされるように振る舞うのではなく、その振る舞いが敬われるモノであれば、年にかかわらず多くの方から大切にされるんです。
そうではないでしょうか?儒教とかの影響もあるかもしれませんけどね...('A`)そこらへんはよくわかりません。
頑固な爺さんなら「今の日本をつくってきたのはワシらだ!」と言い返しそうだけど、若者を毛嫌いしてるだけの爺さんなんだろうな。
嫌なことしてきたやつに席を譲るなんて、普通せんだろ。
嫌なことしてきたやつに席を譲るなんて、普通せんだろ。
どっちの言い分が正しいかは置いといて。
正直どっちもどっちだと私は思いますが。
個人的には、若者には「席どうぞ!でも、あんまり嫌味で若者を虐めないでくださいね。」ってニッコリ笑顔で席を譲って欲しかったな(^.^)
件の若者は自己の正当化に必死だなとしか思えなかったし。
ハイキング帰りで健康なんだから譲らなくて良いとかいってる人いるけど、最後には外出歩ける老人だから譲らなくて良いに発展しそうで怖い。
年寄りを大切にって言うのは無条件にあるべきもの、そういう次元の話じゃないと考えます。
私だったら目の前で老人が居たら黙って譲るし、仮に嫌味を言われたとしても譲るでしょうねぇ。
土曜日出勤なのは自分がその仕事を選んだだけのことだろ?嫌なら転職すればいい。自由に仕事を選べる今の社会を努力して築きあげてくれたんだのは先人達だぞ。「職業選択の自由のある社会にしてくれて、ありがとうございます」とでも言って、とっとと転職しろ。それに、遊んでいるから何だっての?人がいつ遊ぼうが働こうが、それこそ他人に言われる筋合いのものじゃない。やっかむ気持ちはわからないでもないが、自分が仕事を終えて遊んでいるときに、「おれが働いているんだから遊んでんじゃねぇ」なんて言われて、みんな納得するの?意味わかんない。
年金の話なんか、全くの的外れ。自分の払った年金を取り戻したいのなら、制度を変えるべく政治に関わればいい。国に言うべき文句を1人のお年寄りにぶつけるなんて、まさにガキの八つ当たり。選挙行けよ。投票して、お前の年金守ってくれるやつを議員にしろよ。そんなやつがいないのなら、お前が立候補しろよ。なんでもかんでも人任せ、おいしいとこだけよこせってか?虫のいい話だな。
色々ニュースで騒がれているが、それでも日本の治安はトップ級。水道水も飲めるし、道路は整備され、毎日山奥でも刺身が食べられ、電気やガスが止まることもほとんどない。これも全て先人が努力して築き上げた賜物。偉そうにご高説をぶつ若者よ、お前らが生まれたときからあるこの整備された基本インフラは、先人が少ない給料から税金を払って築き上げたものなんだぞ?大空襲後の焼け野原を巨大ビル群にしたのは、神様だとでも思っているのか?
俺は働いている、だと?俺は年金もらえない、だと?今までお前ら若者の何十倍も「勤労の義務」「納税の義務」を果たしてきたご老人に対して、自分の権利ばかり主張するなんて、みっともないぞ。おもちゃを買ってもらえなくて駄々こねている子供と何も変わらない。
ま、この話から得られる教訓は、いつどこで、こんな風な知ったかぶったエセ正論をぶちかまして自分の権利だけを主張するイカレチンピラどもに議論吹っかけられても、きちんと反論できるようにしておくってことだね。
まあ、老若問わず、この問題だらけの社会への責任が自分にないとは思わないことさ。
年金についても少子化についても、何ら有効な政策を提示してこなかった政府に問題があるのであって、さらにその政府が国民の民意を、例え表面的であっても、反映しているということを忘れてはいけない。
ぶつくさ文句をたれる前に、やれることはやっておこうぜ。選挙へ行ってちゃんとした政治家に投票するとかな。
まあ、老若問わず、この問題だらけの社会への責任が自分にないとは思わないことさ。
年金についても少子化についても、何ら有効な政策を提示してこなかった政府に問題があるのであって、さらにその政府が国民の民意を、例え表面的であっても、反映しているということを忘れてはいけない。
ぶつくさ文句をたれる前に、やれることはやっておこうぜ。選挙へ行ってちゃんとした政治家に投票するとかな。
まずカッコワリィ。
ジジイに何言われようが、仕事で疲れてようが黙って立てばいいと思う。
けが人や妊婦や体調が急変した人はどんどん座ればいい。
偽善なんて全然OK!
若いヤツが座ってるのが恥ずかしい状況ってのが良いな〜
敬うとか思いやりとかじゃなくて、今の若者の常識として出来ればカッコイイ。
悪いけど席この人たちに譲ってくれんね、
と言えば誰だって席を譲る。
無能のまま老人になった典型的なタイプです。
「老人」=「社会的弱者」では無いでしょ?
安直にそう結び付けてしまうのは老人に対しても失礼だと思うのですよ。
そして、その図式に乗じて変な権利意識を持ってしまう老人は惨めに見える。
今回のケースでは…
『若者の言動に賛成』はしませんが、
『老人の言動に反対』って所ですかね。
そこには世代も何も関係ない。
通常時ならお年寄りが前に立ったら、
自分はどうぞとも言わず無言で席から離れる事にしてます。
これなら「年寄り扱いしやがって」も恐縮される事もなく円滑。
自分自身ちょっと腰が悪くて座りたくてしょうがないんですけども(汗)。
このあいだ、電車内で携帯ポチポチやってる若者が数人いるとこで、
大きな声で「マナーがなってない」とか独り言を続ける婆様。
「うるさいですよ、マナーを守りましょうよ」
と携帯関係無い中学生ぐらいの子に言われて
小声に変えてブツブツ言う婆様。
とにかく、人との接し方に難がある事については、
年寄りか若者かって分け方以前の話ですね。
自己正当化は賛同します。
ぶっちゃけ、どっちもどっちというのが
私の中での終着駅。
今の世代は親の世代に作られ、
その親の世代はここに出てくる老人の世代に
作られてきました。(厳密には違うけど)
人に教育を語る人は、先ず己が身をもって示すのが先と思う。
言葉で噛み砕くのはその後かと。
結局は人生の縮図って感じだよね(^^;
けど、だからといって今の自分の環境のせいにするのはどうかと思うな。
結局は刺激に対して反応する訳だけど、
この反応という言動は結局は自己責任だからさ。
問題は、結局は全ての選択は
自分がしてるってことに気付こうと言いたい。
刺激と反応との間のブラックボックスという
思考習慣を少し振り返ってみてもらいたいな。
自分もまだ出来ている部類にはないらないが、
普段の習慣がとっさの時に出てくるのは
分かりきっている事なのだから、
この話自体の対象はそういうもんだと思う。
ただ、だからこそ考えさせられる。
レベルの大小ではなく、この出来事自体、
何かを考えさせられる気がする。
物の見方、考え方って、千差万別だけど、
あからさまに人に気分を害する言い方をするのは
いただけないかな。
老人も若者も自業自得だよね、因果応報というか。
自分の行いが自分に返ってくる良い例かと。
自覚できるか否かは別にしてですけどね(^^;
ちなみにここでの語りは、前世や来世と
いった生まれ変わりがあるとして言っています。
立ち向かう 人の心は 鏡なり
言の葉落ちて 幹は揺らがぬ
結局は相手の心は自分の鏡でも在るから、
だからこそ相手に気遣おうとは思うけど、
言葉は言の葉っぱ、時は流れて行き
言葉が情景を築いていくと思うのだけど、
結局は幹が、根っこがどうなっているかという
問題で、性根の問題なのでしょう。
そしてふと自分を振り返る。
やはり学ばされたと思う今日この頃。
長文失礼
嫌味を言ったお年寄りは、この若者の事情を完全に無視し、若い=健康=立ってて当然と決め付け「失礼」な事を言った。
茶髪にサングラスという身なりからも、ブレーキが効かなかったのかもしれない。
その「失礼」に対して、若者が言い返した。そういうことだと思う。
若者が年金を受け取れないのは、お年寄りの政治家のせいかもしれないけど、このお年寄りのせいではないし。
土曜日も働かなければならないのも、お年寄りのせいではない。
お年寄りはその若者が働いた以上に辛く、長い仕事をしていたかもしれない。
どうしても座りたいのであれば、シルバーシートのある車輌に乗るか、もっと空いている電車を選ぶか。お年寄りにもできたことだと思う。
仕事などで時間が決まっている若者の方が、その辺の融通を効き難い。
シルバーシートではない席で疲れて乗っているのに、見るからに元気なお年寄りに席を譲る義務があるか、それはマナーか、と問われると。
私は、そうではないと思う。
ということで、若者の言った発言やお年寄りの嫌味、取れた行動を考慮しても、少し若者に分があると思う。
少しでも楽する為に座ろうとして、20分待ったりしてるサラリーマンが休日出勤で
土曜日出てるとは考えられないのかな
座ってる人は待ったりして座ってんだよ
譲ってもらうのは割り込みと同義
自分から要求するのは絶対におかしい
老人がいやみを言い始めることになった何かしらがあったのかもしれないなとも思うのだ
老人が老人であることをかさにきていやみを言っているという始まりがこの老人への印象を悪くしている一因でもある
たとえば、この若者が足を投げ出して携帯電話でメールでもやっているって始まりから老人がいやみを言い始めたとなったら?
(そんな状況ではなかったのかもしれないが)
もちろんそんな意図はないと思うが、印象操作ってこんな些細なことでもできると感じた
私は基本座らないので譲る譲らないは言及できないのでなんとも
まず若者の発言ですが、正論とか言っている人もいるみたいだけど、決して正論ではない。土曜日出勤ってのはただの雇用形態の話だから何の関係もないし、年金はそれこそ国に文句をいうべきこと。優先席の話だって、特定の席では老人等に譲るが他の席は関係なしってのはそもそもおかしい。ことの本質は「立っているのが大変な人には席を譲る」ことであってそれが優先席と名づけられている席である必要はない。本来は全ての席が「優先席」であるべきもの。優先席に行けだなんて融通の利かない役人みたいな回答。もしかして件の若者は公務員?遊んでいる人は疲れているなんて認めない立っていろなんてのも理解不能。「デスクワークの人は座りっぱなしで疲れているはずがないから座るな」というのと同じぐらい理不尽極まりない屁理屈。大切なのは「立っているのがつらい」という事実だけのはず。山歩きしてきた人は元気なはずだから立っていろなんて言う若い人、若者は元気なはずだから立っていろっていわれたら反論できないよ?
仮に百万歩譲って正論だったとしても(あくまで仮定の話)、正論だけでは人の心も体も動かない。お年寄りが逃げたのは若者の理論に納得したわけじゃなくて、「注意にキレて暴力を振るう今時の若者」だと判断して身の危険を感じたから、だろう。やはりそこにはきちんとしたマナー、礼儀作法、言葉遣いというものがなければならない。日本は「理屈が正しい」から何をやっても許される社会ではないし、そんな世の中にはしたくない。
少しは若者側を弁護するなら、お年寄りの言い方には問題があっただろう。誰だっていやみを言われれば腹も立つ。前述のきちんとしたマナー等々が求められるのはお年寄り側も同じこと。
たられば、の話になってしまうが、もしお年寄りが若者に席を譲って欲しいときちんと頼んだらどんな展開になっていただろうか?やはり「俺は仕事だ。お前らは遊びだ。俺は年金もらえないんだ。」と主張したのだろうか。それとも、快くあるいはしぶしぶながらも譲り、お年寄り達は「ごめんなさいねぇ、ありがとうねぇ、1日頑張っちゃったらすっかりくたびれちゃって。もう若くは無いのね無理はできないわねぇ。迷惑かけちゃったわねぇ。」などと話してもっと和やかな雰囲気になったのだろうか。
願わくは後者であって欲しいのだが。
席を譲リますが、しんどい時は無理な事も
多いなぁ。
そもそも年金とか歳とか関係なく、
電車というお金を払うサービスを
利用している限り席に座る権利はみんな
一緒だと思うのです。
そういう意味でちょっと論点ずれますが、
バスなどで地方によっては老人がタダで
バスに乗れたりしますよね?
もし、それ使ってこの事例のような事が
あったらお金払って仕事に行く若者にとっては
理不尽に感じるのですよね。というか
私なら譲りません。
人には色んな考え方やその人なりの事情が
あるわけで、結局老人のコミュニケーションの
取り方が悪かったと言わざるを得ない。
結局歳は関係なく、老人側が面と向かって
若者と話も出来ないヘタレだから
こういう事になる。
ちゃんと話してたら例え若者に断られても
他の人が譲ってくれてたと思うし。
50歩100歩。
強いて言うならばどちらも正論。
どちらかに味方しろといわれてもどちらにも味方はできない。
ご老人にも、若い方にも何らかのいらだつ理由があったのだろうし、どちらの発言にも剣があるのは確実。
もちろん問題を誘発させてしまったのは最初ご老人の“嫌味”だろうが。
(生意気言ってすみません、私もまだまだクソガキです。)
こーゆーこと言う男、だいっっっ嫌い!!
自分の奥さんやこどもにも
「俺は仕事で疲れてるんだ!俺に座らせろ、お前らは立ってろ。誰に食わせてもらってると思ってんだ!!」
って言うんだろーな。
サイテー
地面を自分のペースで歩けるハイキングと違って、電車内では瞬時に大きな筋力を必要とする。
みんな想像力無さ杉。
若者が席を譲ろうとしても遠慮したり意地でも座らない人って居ますよね? 結局譲れず(?)にそのまま座って気まずい思いをした人って結構居ると思うんですよ。そういう経験をするといざ譲ろうって時に勇気が出なくなったりすることってあるかと思います。
そういう時は自分自身が相手から見て弱者であると認識して素直に譲ってもらうことが、譲った人の次の親切へと繋がっていくと思います。
つまり相手への思いやりは譲る側の一方通行ではなくて、譲られるほうにも必要で双方向で成り立っているものだと思います。
結論からすると老人も若者も相手への思いやりは無く、老人が売ったケンカを若者が買っただけじゃないかなぁと思います。
もちろん私はケンカ売ってきた相手に親切に出来るほど悟っては無いです(^^;
身体的な負担が大きい人が優先的に座れる権利があるわけで、
全ての老人がこれに該当するわけではない。
見た目でそれを判断することが難しいから便宜的に
「お年寄り」で一括りにされてるだけ。
特に今回なんかハイキングに行ってるんでしょ?元気いっぱいじゃない。
趣味を満喫して疲れたから席を譲れ。はおかしいでしょ。
こっち(座ってた若者)は毎日仕事疲れてでハイキングに行く体力も無いかもしれないじゃない。
体の不自由な人に席を譲る気持ちは絶対必要だし大事なこと。
だけど譲られる側も「譲られて当たり前」ではないと考えるべき。
身体的な負担が大きい人が優先的に座れる権利があるわけで、
全ての老人がこれに該当するわけではない。
見た目でそれを判断することが難しいから便宜的に
「お年寄り」で一括りにされてるだけ。
特に今回なんかハイキングに行ってるんでしょ?元気いっぱいじゃない。
趣味を満喫して疲れたから席を譲れ。はおかしいでしょ。
こっち(座ってた若者)は毎日仕事疲れてでハイキングに行く体力も無いかもしれないじゃない。
体の不自由な人に席を譲る気持ちは絶対必要だし大事なこと。
だけど譲られる側も「譲られて当たり前」ではないと考えるべき。
というか、完全に座席が埋まってるわけでもないなら、空いてるとこ見つけて散らばって座れば良いんだ。
通勤電車のように混雑する電車になれてない人って、他人との協調性なくてポツリと一つだけ空いてる席には座らなかったり、すいてるときに手荷物を座席に置いたり、詰めて座るってことを知らない人が多い。
自分が地方にいた時、散々そういう人見てきた。
譲って当然、譲られて当たり前、という考え方にも賛同しません。
年金を払っているとか、今の社会を築いてきたとか、世代云々というのは議論の対象ではないかと。
優先座席が設けられているのならそれを利用するのが良いのだろうし、譲ろうと思う人がいればその人が譲れば良い。
譲って欲しいのならば、素直にそう言えば良いのではないだろうか。
しかし、若者の言動には腹立たしい思いがします。
若者が、車内で座って悪態をつけるこの日本を支えて、若者がそこまで成長してこれた世の中を作り上げてきたのはその目の前にいる老人たちであったことを全く見ず、今、自分たちが、老人たちを養ってるなんて思いあがりも甚だしい。
きっと、この若者が子供を持った時、子供に向かって、『おまえは、俺が働いて育ててやってるのだから、俺の言うことをきけ! 俺に絶対服従だぞ!』と言うのでしょうね。 そのような父親をもつ子供が可愛そうです。
よく席若い人がを譲ろうとすると異常に遠慮したり、機嫌を悪くするする人が居ますが、結局譲れずにそのまま座らされちゃったりすると非常に気まずいものです。こういう経験をして席を譲るという行為を躊躇してしまっている人って結構居ると思うんですよ。私も何度かそういう経験をして以来、席を譲る時は相手を慎重に選びます(^^;
席を譲られた時は、自分自身が相手から見て弱者であると理解して素直に譲ってもらえば、譲ってくれた若い人の次の親切への繋がると思います。これは譲られる側の思いやりであり、マナーであると私は思っています。
話を戻すと、老人も若者も相手への思いやりが無く単に老人が若者にケンカを売って、それを若者が買っただけだと思います。
私ならケンカ売ってきた相手に席を譲るほど人間出来ていませんけどね(^^;
あなたの言い分はそのまま嫌味な老人に当て嵌まるのではないか?
今の老人たちが豊かな社会を作り上げたと言うが、若者の教育をないがしろにしたツケも同時に回ってきているとは考えないのか?
私はどちらもイーブン、似たもの同士と考える。
文句言われても仕方ない
文句言った若者の教育をしてきたのも、年配
の人たち
老人擁護派はなんで休日出勤の発想がないか
非常に不思議
まず、年上の人間に対してタメ口を聞いている時点でなぜこんな礼儀も常識も無いような人間が社会に出ることができているのかが疑問に感じる。
また、元気だとか元気ではない等で席を譲る譲らないというのも間違っている。
年上の人間というのは自分よりも多くの人生を経験しており敬われるのは当たり前。
むしろ譲ったからといっていいことをしたとかそんな意識がおかしい。
年上の人間には席を譲るのは当たり前だと思う。
あくまでこの若者と老人の話。
この若者は年金払ってないかもしれないし、この老人も親から受け継いだ土地だけで悠々自適に暮らしていたのかもしれん。いろんなことが想像できる。
今回の場合非礼な老人がいただけの話。
その若者を育てたのは誰?
席を譲って当然と思っていた。は想像、嫌味として言ったも同じ。
老人がマナーの低下について話していたというが事実。
若者は楽したいから言い訳した。は想像。
シルバーシートに行けよ云々と言ったのは事実。
働いて帰るところならまだしも、これから
働きに行くなら、理由はなんであれ疲れている
人に席を譲るべきだと思う。
自分が仕事で疲れているときに、席を譲って
もらったら嬉しいからね。
席を譲るのに年齢は関係ないと思う。疲れている人、体の不自由な人、体調の悪い人が座るべき思うが。
既出ですが、「嫌味を言う人には譲りたくありません」で終わればいいんですよ。個人的には若者の発言にスカっとしましたが、嫌味を言い返した時点でどっちもどっちですかね。先に言った分老人が悪いと感じてますが。
私は地方なのであまり首都圏にいくことはないのですが、行ってもあまり席を譲る人をみかけないです。元から若者が座らないんですかね?私は体力がないので、というか電車じたいに慣れてないため満員電車がやたら疲れるので、駅について席があいて少し待って誰も座らなければ座っているのですが、立っているべきなのでしょうか??
その国を作ったのが老人達なわけなんですが
図々しく譲って欲しそうにしている年寄りに笑って席を譲れるくらいの余裕を持って生きたいもんだ。
なんて意見もありますが、それは社会にとっては良いことなんでしょうか。老人だろうが若者だろうが、相手の問題を放置するのも社会の為にはならないんじゃないかと。
「大らかな心」「ゆとりある精神」もいいんですけど、結局自己満足に終わるのはもっと良くないんじゃないかなーとか言ってみたり。
譲るべきだと思う
けどいやみを言った老人は確かにムカツクな
山歩きが出来るから元気、だから譲らないのは間違いじゃないか?
若者は仕事が出来るくらい元気なんだし、
譲るべきだと思う
けどいやみを言った老人は確かにムカツクな
山歩きが出来るから元気、だから譲らないのは間違いじゃないか?
若者は仕事が出来るくらい元気なんだし、
考えるようなことでもなんでもない
問答無用で悪いのは若者
最近のDQNは屁理屈までこねる様になったのか
救いようがないな
文句を言った若者を賞賛してる人が多いようだけど
賞賛されるべきは若者の態度に苦言を呈した老人
言い方が気に食わないかどうかは個人の問題
席を譲らなければならないなどという事は
決してないが、譲ろうという気持ちを持つことは
人として当たり前のこと
人として最低限の心も持たずに
くだらない屁理屈で相手を攻撃することに
評価する点なんて欠片ほどにもない
ここには俺より頭のいい人がたくさんいるんだろうから こんな子供だましの屁理屈にだまされないで欲しい
駄文、長文で失礼
>自分ならどうすんだよ。
譲った上で嫌味を言い返す、かな
譲らないと「譲りたくないから文句言ってる」様に思われそうなんで
論理的という前に倫理的な問題ですよ。
こんなのが育ってるをきくと
日本が破綻して、IMFに助けてもらっても現在の年寄りほどの活躍はできないでしょう。
若い人は
年寄りに席を譲るのは当然のことと考えるべきなのではないでしょうか。
若者の方が爺より体力がある可能性は否定できない、人によってそれぞれ違う、という意見がありますが、
千差万別をいちいち気にしていたら何もできませんよ。
大体の年よりは若者より体は弱いし体力は無いのは秋毫も狂いがないわけで。
そして、
年寄りが若者に対して威張るのは
人間としてどうしようもないことでしょう。
いまは若い人であっても、年をとるにつれて必ず「今の若い者は」という台詞は
でてくるようになります。
それを見越した上での「年よりは大切に」
という言葉が存在するのだと思うのです。
つまり、色々思うところがあっても
黙ってこの決まりごとに従うべきなんですよ。
それが社会というものであり礼儀という
規範でしょう。
http://d.hatena.ne.jp/okgwa/20050424/p2
こちらも併せて読むと、色々見えてくるかもしれません。
> はっきり言って、若者というか今の若い人の意識がおかしいと思う。
あなたは自分の考えと相容れぬ全てを「おかしい」と表現していませんか。
> まず、年上の人間に対してタメ口を聞いている時点でなぜこんな礼儀も常識も
> 無いような人間が社会に出ることができているのかが疑問に感じる。
その年上の人間が、「礼儀も常識もないような人間」を育て上げ、
社会に輩出しているのですよ。
若者は勝手に育って勝手に社会に殴りこんできているわけではありません。
> また、元気だとか元気ではない等で席を譲る譲らないというのも間違っている。
これには私も賛同しますが、「元気か元気でないか」を判断材料にして
行動する人が大勢いることも事実です。
> 年上の人間というのは自分よりも多くの人生を経験しており敬われるのは当たり前。
「当たり前」ではありません。
この考え方は儒教という一種の宗教的思想に基づくものです。
あなたは、自分よりも明らかに年上だとわかれば、ホームレスでも敬えますか。
ホームレス、人生経験豊富ですよ。
> むしろ譲ったからといっていいことをしたとかそんな意識がおかしい。
これもまた押し付けた考えですね。
「いいことをした」と考えるのは個人毎に違うでしょう。
> 年上の人間には席を譲るのは当たり前だと思う。
当たり前当たり前と言いますが、それはあなたにとっての当たり前。
当たり前という言葉の意味をきちんと調べて下さい。
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%C5%F6%A4%BF%A4%EA%C1%B0&kind=jn&mode=0&type=stick
電車だけに限らず、マナーの悪い若者は非常に多いと思います。
しかし、同じくらい中高年もマナーが悪いと感じます。
電車内で携帯に向かって大声を張り上げているのは大概中高年です。
整列乗車に割り込むのも、人が降りる前に我先に乗り込んでくるのも、
大概中高年です。
そのような下衆な連中を、ただ年上であるというだけで敬うことは
私はできません。
今回の老人と若者の件は、若者を見下していた老人が、
嫌味を言えば座れるだろうと浅はかな考えで喧嘩を売った結果、
その無能さを露呈してしっぺ返しを被ったという話ですね。
この老人はいい勉強になったのではないでしょうか。
もう年寄りだから無条件に偉いという儒教思想の時代ではないのです。
「時間をずらす」
「グリーン車を使う」
「電車ではなく別の交通機関を使う」
選択肢はあるのに全て放棄してきたわけだからな。
それと、「今の時代を作ってきたのは・・・」なんてのは無意味。
高額納税者に席を譲れって言ってるのと同じ。
今回の議論の論点は『嫌味を言っていた老人は、席を譲らなければいけない社会の弱者なのか』って事だと思いますよ。
なんとなく、嫌味な老人は自己中心的で、若い時に果たして年寄りを敬っていたか疑問だし、この若者が年老いた時に嫌味な老人と似たような感じになりそうな気もする。結局誰しも自分がかわいいしね。
モラルに関しては不言実行ってのが一番いいんじゃないか。
って言うか若者を馬鹿にしている発言には詭弁のガイドラインに当てはまるものが多いのですが気のせいですか?
特にIMFがどうたら言ってる人。
老人だろうがなかろうが人間的に尊敬できない人はないがしろにされるでしょう。若者が若者がと言いますがモラルの低下の原因には大人が関わっていますしなにより社会は変わりました。
昔のように老人ならば無条件に敬われる時代は終わったのです。好意の強制はよくないですし、様々な手段があるにも関わらず嫌味言ってる時点で人としてダメでしょ。
若者もNOと言えるのは大切ですし、ここで譲ったら老人が同じことを繰り返す可能性があるのでキツク言って正解と思う。
長くなりましたが私が言いたいことは貰うだけでなく譲ることをしようってこと。
「こちらの女性2人を座らせてあげたいのですがよろしければ譲っていただけないでしょうか?」と言えばいい。
わざわざ愚痴愚痴抜かす人間には俺は誰にも譲りたくない。
それは子供も妊婦も老人も障害者も病人も関係ない。
若者の口調、態度を責める人がちらほら見えるけど、若者より高齢者の方が経験豊かで敬われるべきだから高齢者は若者に嫌味を言ってもいいのかと言えばNOだろう。
誰に対しても嫌味とかを言うものではないはず。
その辺を勘違いしてる人間には絶対譲らない。
我ながら少々小さい人間だとは思うけど、これが本音。
もちろん黙って耐えている人、しんどいから座らせて欲しいという人には率先して譲ろうと思う。
ただ若者にはどんなに疲れていても、空元気であって欲しいかな。
若者だって自分の言ってることが100%正しいと思っていたわけではないと思います。でも老人の嫌味な物言いにカチンときてあのようなことを言ってしまったんじゃないでしょうか。確かにこの場合、若者の論は全く筋違いですが、正論だと分かってるけど感情的に納得行かないこと(=年金など)が普段からあって、その対象である老人に嫌味を言われたものだから、つい文句をつけてしまったのかな、と思います。
老人だから無条件に譲れ、という意見には疑問を感じます。そういう意見の人たちは将来自分が老人になった時やはり無条件で「老人だから席を譲れよ」と言うんでしょうか? それは何だか悲しい気がします。
対価を払って電車に乗ると言うサーヴィスを利用しているのだから、席に座る権利は平等である。
譲ってほしいのなら、譲ってもらいたい理由を明確に話して譲ってもらうべきだ。
あと、見ていて年寄り擁護派は「年よりには無条件で優しくするべきだ」等といった意味不明な論法しかしていない。若者擁護派の意見の方が理屈が通っている。
年寄りが無条件に優しくされていたのは、それだけの理由が昔のお年寄りにはあったからであり、今のお年寄りにはそれは無い。
弱者に優しくするのは何時の時代でも普遍的に必要な事であるが、年をとった人間に優しくするのは何時の時代でも普遍的に必要な事ではないでしょ?
現状では『年寄り=強者』の図式も容易に成り立つのだから。
●席を譲らずにいた若者の態度
●イヤミを言った老人の態度
●現在の年金問題
●勤労意欲
全部いっしょくたにせずに別々に考えないと不毛だよ?
若者がカチンと来たことに多少理解は示すとしても、この若者の発言は的はずれもいいところ。正当性なんてかけらもない、ただの言い訳&八つ当たり。
土曜日に働くことはそれほど偉いことか?一週間に何日働いてる?
本当にその若者の年代が老人になったとき年金は足りないか?
老人ならだれでも年金で遊んで悠々自適に暮らしているか?
老人になってからの年金がどうなるか知らないが、今、その老人が若者だったときよりよほど楽に暮らして楽に金を手に入れ無駄に使っていないか?
勤労意欲は年金の有無のみで決まるのか?
老人の態度に悪いところがなかったというつもりは全くないが、物事の表面だけを見て(表面すらまともに見ていない気がするが)自分の不満を便乗して吐き出しているだけの意見は読んでいて気持ちが悪い。
若い人間が年金の心配をするのなら、
今から貯金をして貯めておけ!
そして年金をあてにせず、いかに自分の収入を
増やすかを考えろ。
世代の優遇感を持ち出すな。そんな事を言い出したら、その昔そのまた昔など、年金制度そのものもないのだから。
今は楽な時代ではないが、その時代に生まれたのだから、それを受け入れ、その中で精一杯、生き、楽しむ、貧乏でもその生活を向上させる
べく努力をするしかない。
もしその老人の世代を持ち出すならば、戦後の日本など、一億総ビンボーだったわけで、そこからここまで這い上がったのには、国民一人一人の個人の努力の賜物でしかありません。今を生きる人は将来の為、今を変えて行くしかないではないか。
席を譲る話しからは、ずれるが、あまりにも老人は優遇されてるだとか、若者は損だとかの
書き込みに少しびっくりさせられます。
その話しは今の政治家に求めるべき内容です。
たしかに老人とて全員、敬われる人間ではありません。
最近では殺人をしたり、人に迷惑をかける老人も少なからず、います。そんな人は相手にしないことです。
嫌みを言う老人には閉口していまいますが、
そんな老人には席を譲るのではなく、人として
可愛そうなので、立ち去りましょう。
そこにいても延々、嫌みをいうだけです。
常識を知っている老人ならそんな嫌みは言いません。私を含めて、若い人でも年金の話しまで
持ち出して相手に突っかかるのは正論とは思えません。
嫌なら、その場から、離れればよいことです。
そういう価値観を持つ老人を相手にするだけ疲れます。
話しのわかる相手であれば、堂々と話せばよいことです。年金の話しなどを老人にせず、一人間として正論で話すべきではないでしょうか?
そして、若いとか高齢とか関係なく、人は個人がそれぞれなのだと思います。年をとっても謙虚な方もいらっしゃるし、若いけれど考え違いをしていると見受けられる方もいます。逆ももちろんです。良きにしろ悪しきにしろ、自分の言動を素直に振り返ることができる人でいたいです。
ってことが頭に出てくる時点で腐ってるんだと思う。
自分が年取ったときにそんな態度取られたら、どう思います?
そういった心の貧しさがひずみになっていることをこの記事はよく表していると思う。
自分が年取った時にはそもそもこの老人のようにこんな嫌味は言わないと思うので、若者からもこんな態度は取られないと思います。
もちろん老人も悪いと思いますが。女性2人を座らせたかったらもっと素直に言ったら良かったと思います。
確かに自分の前にお年寄りの方が来れば、譲ろう、という気持ちになります。
しかし、なかなか出来ません。恥ずかしい気がして、踏ん切りがつかないのです。
だから、寝たふりをする人の気持ちもよくわかります。
かといって、やっぱり寝たふりをするのはなんだか一番悪いような気さえします。
「年寄り扱いする気か!」の話も何度か聞いたことがあり、譲るべきか譲らないべきかと、座りながら考え込んでしまいます。
そしてそれはお年寄りの方から見れば「寝たふりさえもしないで、ふてぶてしい」とうつるのかもしれません。
もしも私がこの若者のように嫌味を言われたら、それはもう気まずく、そしてむかつくでしょうね。
かといってこの若者ほどの勇気はないので、次の駅で降りて、別の車両に移ります。
私はこの老人をひどいとは思いますが、手放しで若者に賛同することも出来ません。
ただ、ご老人の方には、席を譲る側にもいろいろと悩むことがある、ということを理解していただきたいものです。
当たり前のことってなんでしょうか?
貴方の中では当たり前なのでしょうね
世の中貴方の様に綺麗なモノばかりではないんです
若者が悪いのは何が悪いんでしょうか
心ですか?
老人の心は悪くなかったんでしょうか
この世に人間はさぞ少ないんでしょう
私も人間じゃないかもしれません
それを忘れて若者に100%賛同することは私にはできない。
しかし、反対に老人に賛同することもできない。
相手を”若者”と見下し横柄な態度を取ることは
若者vs年寄り、という以前に人間性の問題である。
もし老人が丁寧に若者に頼んだらどうだったであろうか。
言葉遣いと、相手を思いやる心、
これらがうまく機能することこそ、
衝突の無い社会に必要である。
なんで最初に嫌味言ってた老人が叩かれないのだろうか?
今の若者はゆがんでるとか言って老人に非はないとか言う人は個人的にはどうかしてると思うんだが。
無論他者に席を譲るという考えは持つ方がいいと思うけど、譲る譲らないのは個人の自由。
若者が老人を見て元気そうだし自分も仕事でだるいから譲るに値しないと思ったから譲らなかった。
また老人も嫌味を言うだけで譲って欲しいということを相手が譲ってもいいと思えるように主張しなかった。
ただそれだけだろう?
老人の態度が180度反対だったら結果も多分違ったかもしれない。
どんな人間であろうと何かを他人にしてもらうときには謙虚にならなくては同意は得られないということを忘れてる人が多くて嫌になる。
おそらく老人マンセーしてる人は何か助けてもらってもありがとうも言えないかわいそうな人なんじゃないかと思う。
見た目だけ豊かな社会を置いて行かれてもね
それで今の豊かな社会は老人たちが作った?
わらわせんな、と。
転職すればいいだろとか狂ったとしか思えない意見はどう育ったら出てくるんでしょうか。
若者の何十倍働いてきた老人、とかの言い回しもね。
老人を敬えとか言う前に敬われる態度を取るべき。
嫌味たらたら並べる老人を敬えと言われても無理。
第一第三者に聞こえるくらいの声で嫌味並べるのはマナーとしてどうかと。
若者も若者で過剰反応しすぎ。
まぁ結局、私の目にはどっちもどっちとしか見えないわけで。
「すみませんが席を譲ってくれませんか?この二人が山登りの帰りで調子悪くなってしまったようで・・・」といえば、たとえそれが嘘でも若者も譲らざるを得ず、全て丸く収まるもの。
あなたはきっと将来、若者に言うでしょう。私たちの時代はバブルの後始末に大変でした。
ですが、その時代になると若者は、その大変さを知らないので、言うでしょう。わらわせんな、と。
あなたはきっと将来、若者に言うでしょう。私たちの時代はバブルの後始末に大変でした。
ですが、その時代になると若者は、その大変さを知らないので、言うでしょう。わらわせんな、と。
確かに、「物質面」で豊かにしたのは老人世代の功績なのかもしれません。ならば「精神的」に貧しい(老人に席を譲れない等)日本にしたのもまた老人世代の責任なのではないでしょうか?
とはいえ、今回の件は世代に関係なく一個の人間としてどうなのか?という問題のようなきがしますね、わたしとしては。
目の前でこんな嫌味を言われて誰が席を譲りたくなるんだろうか
席を譲るのは、あくまで善意の行為
老人に許された権利じゃない
一言、「申し訳ありませんが、席を譲って頂けないでしょうか?」と言えばすむ事だ
少なくとも自分が老人になった時は、席は譲られて当たり前なんていう考えは持たない事にしよう
あくまで譲ってもらうという謙虚な心が必要だ
嫌味言われたら譲りたくなくなるしなぁ…。
んでも、仕事に行くから座っててもいいとか、年金作ってやってるとかは思い上がりだろうな。
つか、譲る相手選ぶなよと。
気持ちは分ります。誰だって、嫌みを言われれば言い返したくもなりますよね。
お年寄りの方がもう少し考えて発言してれば、言い返した若者じゃなくても誰かが譲るでしょ。。。。
確かに年金払ってんのは俺らだと思うんだけど、相手は老人。体力が違うんだから・・・
老人には席を譲るべきだと思います!
だけど今回は向こう側の態度も悪かったと思います。若者が怒るのも当然だと思います。だけどもう少し軟らかい言い方ができれば・・・
老人に席をゆずるにしても若者が席をゆずらなかったら他の気づいた人がゆずればいいんじゃないんだろうか。
あと「お年寄りを大切にしましょう」っていうのは人から言われてやることじゃないと思うけどね。自分でそれに気づいてやっと分かる事だと思う。
ただ人から言われたようにする人達こそロボットだと思うんだけど,,,
座りたければ空いている時間帯の電車か、他の車両を探せば良い。
既に座っている人に対して「すいませんが譲って頂けませんか」とお願いするならまだしも、
大衆の面前で嫌味を言い、若者(及び、同じく座っている周囲の人)を晒し者にしようとした時点でアウト。
若者:
相手が誰であろうと、嫌味や批判に対して反論・批判をするのは自分の尊厳や価値等を守る為の当然の行為。
そのこと自体は他者から批判されるようなことではない。
だが、その内容の土曜出勤・年金・老人の体力、また、レスにあるような政治関連・老人の功労・その他は一切関係無い。ナンセンス。
まぁ、よほど嫌味に言われて頭にきたのだろう。そうなると相手を徹底的にディベートしても致し方無い。それは討論の基本だ。
従って、今回の事でどちらに非があり、どちらに理があるかと言われれば、若者の勝ちではある。
老人は一般的に虚弱かも知れないが、中年・若者だって高熱・頭痛・吐き気など体調不良もある。腰や膝が悪いのかも知れない。まだお腹がそれほど目立たない妊婦さんだっている。
要は、世代も性別も関係なく、双方が常に、「相手にも何か理由があるのかも知れない」と、思いやりの心を持っていれば、このようなことは起こらない。
以上。
双方の意見を混ぜると混乱するだけです。
人として、老人と若者が共にする空間では、双方に思いやりがあれば、今回のようなことは起こりません。
というかシンプルに
座りたかったら優先席へいけ(もしくはお願いしろ)
席を譲りたければ譲れ
だと思うんだが。
この場合席を譲って欲しいがために
初めに嫌味たらたら言った老人がどう考えてもダメだろ。
みんな頼まれて嫌ってほど鬼でもないだろうし、嫌味言われてまで譲ろうってほど仏でもないわけだし。
年金とか若者とか老人とかそういうのは別にあんまり関係ないかと。
年を食うだけなら赤ん坊でも出来るし。
老人が敬われるのは、若い人には無い経験や知識があるから。
少なくとも、嫌味を言った老人とそれに嫌味で返した若者は同レベル。
自分より何倍も経験を積んでるはずなのに、
その程度のことしか出来ないならそりゃ敬う気も無くすよ。
らくださんに目線の向いたものはいくつあるだろうか。
文中の人物に対する物言いなどはトラックバックして自分のブログで吐けばいいこと。
さらには他人のブログのコメント欄で議論するなど論外。荒らしと大差ない。
らくださんに目線の向いたものはいくつあるだろうか。
文中の人物に対する物言いなどはトラックバックして自分のブログで吐けばいいこと。
さらには他人のブログのコメント欄で議論するなど論外。荒らしと大差ない。
譲るのも譲らないのもグラサン兄さんの自由です。
ただ、譲るにしても文句を言うにしても、一方的に自分の意見を吐き出すのではなく、相手がどう反応するか考えれば良かったと思います。
嫌味を言われて不快に思った時、相手を不快にさせることに何の意味があるのでしょうか?
自分のうっぷんを晴らすため? それでは何の進展もありません。
「嫌味を言われて不快に思った。席を譲って欲しいときは直接言って欲しい。
今日はこれから仕事があるため残念ながら譲りたくない。」
こう伝えればいいだけの事なのに。
今の治安の悪い日本で
おいらは知らない人に対して
いやみや文句をいえないダメ人間さ。
それが日本です。
バスも地下鉄も全部タダだしね。(無料パスとかで)
それにシルバーシートは「優先席」であって「独占席」ではない。
山登りする元気がある年寄りよりも、年齢関係なく足が悪い人や体調が悪い人、妊婦などを優先的に座るべきだ。
なんか、極端な話だから、どっちがいいとか悪いとかじゃないと思う。
ここにコメントを書く人ってたいてい、若者ですよね。
ぜひとも、ご老人方の意見を聞いてみたいものです。
昔はお年寄りが一番体力がなくて、長時間たち続けることが大変だったかもしれないが、今は昔とは違う。
若者を非難している人は、その辺りのことを分かっていない気がする。
今の新卒なんて、月100時間のサービス残業で手取りが15万なんていうのもザラで、常時下手すると老人よりも体力がなかったりする。
その上、将来に対する希望も全くない。
この辺で老人よりも若者のほうが体力・気力が充実しているという固定観念は払ったほうが良いんじゃない?
マナーではなく善意だと思います。
立つのが困難な方に譲るのは自分でも
もちろんかまわないと思います。
でもそれは譲る側の善意であり、義務ではないはずです。
この場合、素直に「譲ってください」と言われれば私も譲ったでしょう。
年寄り・若者関係なくです。
どんな年齢であろうと、相手を尊重できない人間は相手からも尊重などされないとおもいますが。
若者が言ったセリフの内容はともかく、嫌味で
座っている人をどかそうとするような人に対しは注意して当然だと思います。
譲ってもらって当然、なんて考えてるヤツには何もしませんよ。
大体、お年より頑張ったから今の日本があるというなら、お年寄りが年金で暮らせるのは働いてる世代のおかげなんだし。
お年寄りは敬うべき、といいますが「敬われるに足る人間であるかどうか?」とも思いますけどね。
>俺があんたみたいなジジイになったら年金なんてもらえなくて、優雅に山登りなんてやっていられないんだよ。
結婚して、子供をたくさん作ればその分受け取れる年金も多くなり、優雅に山登りできますが何か。
といいつつ、彼女いない歴24年な俺…orz
本来、ブログのコメント機能とは本文に対する自分の意見など、正に所謂「コメント」の為にある。
それが徐々に議論・討論に拡大しても、それは機能を正常に使った結果と言える。
各々、真面目に本文に対する意見を述べており、所謂「荒らし」と同列に扱うのは論外。
道徳だなんだと言えば嫌味を言って譲って貰おうってのが間違ってる。
それが通用する可能性があるのは若者がシルバーシートに座っている場合だけだと思う。
盲目的に「なんだろうが、年寄りに席を譲らないやつはクズだからそいつが悪い」ってのはどうかと思う。(関係ないけど)それじゃ中国とかと一緒だし。
年とかは関係なく、弱い人に席を譲るべきだとは思うけど(それは年寄りの場合が多いが)、それも「できるやつはいいやつ」ぐらいで良いと思う。
まあ、なんだろうがそういうのは関係なくて、自分に有利な点を強調して嫌味を言った人に対して、「そこまで言うのなら」と言い返した、ただの口喧嘩みたいなもの。
双方とも自分よりにしすぎ。
僕が気になったのは、理由関係なしに年寄りに席を譲るべきという人がこんなにいるということ(現実ではほとんど見たことない)。ある意味衝撃的…
いろんな視点から見られて面白い。
個人的な意見をコメントすると、若者には論点のズレも結構あったりするけど、それを差し引いても共感できるかなぁ。
「譲られる側」にもちゃんと守って欲しいマナーはあるわけで、文句や横柄な態度を取る年寄りは、人として尊敬対象でもなければ、こちらが譲るべき対象でもないと思う。
なんて言っている私は、疲れてるときは意地でも譲らない若者です。
とても気持ちのよい空気でした。
仕事帰りに地下鉄に乗っていて座っていたところ、年の頃50〜60歳くらいの初老の女性が乗ってきて、私の斜め前に立っていました。
私が席を譲ろうとしたところ、その初老の女性は笑顔でこう言ってくれました。(はっきりとした言い回しまでは覚えていませんが・・・)
「私は遊びに出かけた帰り道です。でも、あなたは一生懸命社会のために働いて疲れて帰ってきているんです。私なんかが席を譲っていただくなんておこがましい。どうぞ、お仕事でお疲れのあなたが座っていてください。」
非常にやさしげにこう言ってくださったのですが、正直ビックリしました。今までこんなことを言う人を見かけたことがなかったので。
こちらもとてもうれしい気分になり、
「私はあとふた駅で降りるので」
と言い、座ってもらいました。
どなたかが書かれていましたが、笑顔には笑顔ですよね。
自分は年配者がいたらシルバーシート以外でもひっそりと席を立ち(譲った感じにならないよう、「次、降りるんすよ」みたいな空気で)ドア付近に移動するというやり方をとっています。譲るのが気まずいという方はこれオススメです。しかしこれをやって元気そうな人に椅子取りゲームのようにスッと座られたことも幾度となく・・・
以前、こんなことがありました。
当時携帯ゲーム(通信ではなくダウンロードしたアプリ)にはまっていた自分は優先席付近ではない席の前に立って夢中でゲームをしていました。
すると、そんなに混んでいない(1車両で7、8人立ってる程度)のにいつの間にかぴったりと横にいる老人が。ぼそぼそと聞き取りにくい声で、どうやら「携帯ゲーム遠慮しなさい」と自分に向かって言っているようなのです。
自分は携帯OFFにするべき優先席付近でもないし、通話しているわけでもないし、勿論マナー―モードなので音はでていないので、マナー違反しているつもりは微塵もなく、結果・・・聞こえない振りをし、無視しました(笑)なんかそこで携帯パタンと閉じたら「負け」を認めることになり、悔しかったのでしょうね。まあガキなんですけど。
すると老人はあろうことか「お前みたいな奴はだから結婚もできないんだ・・・」等と全く関係のない誹謗中傷をしてきたのです。カーっときましたが、同時に「ああこいつは人間としてヤバイ奴だ」とピーンと来たので関わり合いにならない方がいいと考え無視続行。
すると今度は「自分はペースメーカー使ってて、お前がさっきから携帯いじる度に動悸がして苦しいんだ!!」とかキレ始めたのです。驚きました。「何なら触ってみるか!触れ!」とまで言い出したので(遠慮しましたが)、本当のようです。
仕方がないのでキレ気味に携帯の電源を切り、ドスのきいた声で「申し訳ありませんでした。携帯電源切ったのでもう大丈夫ですよ。」と頭を下げつつ言うと、もう大丈夫なのに老人は自分から遠ざかっていきます。なんかその態度にカチンときたので「いやいや、もう大丈夫ですって(怒笑)!!」と後ろ姿に言ってやりました。
辺りを見渡すと自分以外にも携帯いじってる人達は周りにたくさんいたんですがね。自分は通信ゲームをしていたわけではないのでメールなどしていた人がいたとしたらそちらの方が強い電波出してるんですけどね。まあ、自分はその車両の中では一番若輩者で若者風情な格好をしていたので(他はスーツ姿)標的にされたのではないかと思います。
この一件で学んだのは「社会的弱者であっても人間としてヤバイ奴はいる」ということです。わざわざ自分のぴったり隣に移動してくる辺り、生粋の「クレーマー」なんだろうなと。頼むから空いてる車内では素直に優先席に行ってくれよ。とにかく、動悸がして苦しいのに情報を後出しにしてくる神経がほとほと理解できませんね。最初から素直に言ってくれたら(変な爺さんだな、まあしょうがないか)と思ってすんなり最初に電源切ったのに。
まあ若者年寄り関係なく、こういう公共の場で人に何か言う時の「態度」は非常に重要だと思いますよ。あと、まず情報を与えること。見知らぬ人の場合、体の不調や持病などは外見だけでわからない場合が多くありますから。
長文すみませんでした。
グラサンかけてる若者なんて、どう考えてもまともな神経しているヤツじゃない。丁寧に言ったところで席を譲らなかったことは目に見える。殴り殺されなかっただけでもマシ。こんなDQNに関わること自体が間違い。
若者とか年寄りとかいう世代論じゃなく、「バカには関わるな」、これだけですよ。
いいテーマですね…
私はどっちもどっちと思いますが、
真ん中辺りのレスでついてる心臓病の方の話を読んで思いました。
席は早い者勝ちでいいのでは?
と。
社会的に弱者になる方はそれなりの状況を作ってますよね。
(少し早く出て座れるように家を出たり、混んでる時間を避けて帰ったり。)
どうしてもその座れない電車に乗らなければならなかったんでしょうか?>お年寄りは
本当に座らせて帰りたい、行きたいなら少し時間をずらすか隣駅まで行くなど、計画したらどうなんでしょうか?と考えました。
私も生理の時立っていられない辛さがあるので会社へ遅れてでも座って行きます。もちろん減給されてます。(たまには早く出ますが^^;)
明らかに乗っている最中に具合が悪くなった方などには皆席譲ってると思いますし。
早い者勝ちが主だと皆さんの頭の中にあれば具合