2011年09月13日

接待はフードコートで

 気がつけば十五夜(中秋節)も終わり、すっかり古い話になってしまったのだが、先日も月餅をいただいてしまった。それというのも突然、「もしもし〜、らくださんですか〜? 私で〜す。台湾の陳で〜す。今、日本に来ていま〜す。会いたいで〜す」と電話かかってきたことから始まった。

 前からこのブログを読んでいる人なら覚えているかもしれない。陳さんとは昨年春に台湾で知り合い(こちらの記事を参照)、昨年秋の再会時には埋もれた野湯と地元民用の共同浴場に連れて行ってもらった上、お寺にお参りして刺身と麺をご馳走になっている(こちらの記事を参照)。しかも、日本に来た日がちょうど誕生日で89歳になったという。

 これはお祝いと恩返しをしなくてはいけない。急な話だったので土産物を準備する暇がなく、まずはちょっと高めのレストランで食事をご馳走しようと、ATMでお金をおろしてから陳さんの泊まっている品川プリンスホテルに向かった。

 これまで会った2回に比べ、陳さんはどことなく元気がなかった。既に日本を10日間も旅行して新幹線で福岡・広島・大阪と回って来たというから疲れが出ていたのかもしれない。前の日は一日中ディズニーシーで遊んでいたっていうし。それだけでも89歳とは思えないバイタリティだ(ちなみに1人旅ではなく友人一家3人と来たそうだ)。

 10日間の滞在で一番心に残ったのは広島だそうだ。原爆ドームも資料館も初訪問だった。ただ、その具体的な感想については言葉少なで「厳島神社もよかった」と言うのみ。考えてみると、台湾で最初に会った際に「先の戦争で日本が勝っていれば…」なんて私の度肝を抜くような仮定の話をしていた陳さん、戦後66年たって広島を訪ねて初めて現実的になったのかもしれない。それで元気がなかったのかな。

 当然ながら食欲はない。食べたいものを尋ねたら「うどん、それがダメならラーメン。とにかく温かい汁物がいい」と言われた。こちらは会席料理か天ぷらかしゃぶしゃぶか、などと考えていたので予想外の展開。あわてて自宅にいる夫に電話をして調べてもらう。

IMG_6014.jpg そしたらあったんですね、プリンスホテルの中にうどんを食べられる所が。アネックス2階のボウリング場脇に食券&セルフサービスのどこにでもあるフードコートがある。実際に行ったら「ここがいい!」というので、ご希望のかき揚げうどんをご馳走した。わずか840円。どんぶりとザルはプラスチックでちょっと悲しかった。予定では高層階のレストランで東京タワーでも眺めながら食事をしていたはずだったのだが…。

 陳さんは関西風が好みらしく「ちょっとしょっぱいね」と顔をしかめながらも、「天ぷらがサクサク揚がっていておいしい」と、全部平らげていた。食後はコーヒーもお酒もいらないという。うどんだけじゃとても恩返しにならないので、何かおみやげを買おうとしたのだが、「もう荷物がいっぱいで持てない。年寄りをいたわってくれ」と言われて、それもダメだった。

 その一方で、台湾からのおみやげは月餅以外にもドライマンゴーやドライグアバなどの袋物を幾つかいただいてしまった。台湾であんなにお世話になったのだから日本では私が恩返しをしなくちゃと思っていたのだが、全然うまくいかなかった。それでも、陳さんと日本で会えたのはすごく嬉しかった。
     
posted by らくだ at 22:38 | Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
らくださん、おはようございます。

89歳の方が、1日中ディズニーシーで遊んでおられたのですか!?
ひゃぁ〜、凄いパワフルですね!

>「もう荷物がいっぱいで持てない。年寄りをいたわってくれ」

おおぉ〜。気を使わないでね、というところ、こういう言い方をされたのですね。カッコいいですね。らくださんの気持ちが充分に伝わったからではないでしょうか。素敵な方ですね!
Posted by いりえ at 2011年09月14日 07:56
いりえさん、

 陳さんは一般的な89歳とは全然違うんです。日本ではどこに行っても75歳くらいに見られ、年齢をいうと驚かれたと言ってました。

 昨年秋の段階で視力は私よりも良好な感じでした。針に糸を通すのも問題ないそうです。記憶力も抜群。日本軍兵士として出征したインドネシアの言葉をたくさん覚えています。3階建の自宅も階段をひょいひょい上り降りしていますし、車であちこち案内してもらっちゃいました。(^^;

 今回は「ディズニーシーには若い人しかいなかった」と不満そうでした。そりゃ陳さんよりも年上の人がディズニーシーで遊ぶことは、ほとんどないでしょうねぇ(とは言えませんでしたが…)。

 こちらから差し上げたのは湿布薬とダイソーで売っている都内地図だけでした。手を捻ってしまったというのでホテル内のドラッグストアで湿布薬を買って貼り、次の日は友人たちと浅草とアメ横に行くというので手持ちの地図を渡したんです。

 台湾では奥様や息子さんにも会っているので、もっと気の利いたものを渡したかったけど、今度台湾に行く際に持参しようと思います。

 それにしても「会いたいです」と電話をくれたことが何よりも嬉しかったです。
Posted by らくだ at 2011年09月14日 23:02
こんにちは
そんな所に感心するのもなんですが
目上の方でこんな風にサラリと コチラが何かお返しをしたいって気持ちを
「もう荷物がいっぱいで持てない。年寄りをいたわってくれ」
っと 小粋に拍子抜けしながらも、アッパレという方は 80歳超えの方にいらっしゃいますね
 どうでも断ったりアタフタできない位のタイミングでささっと いつ準備したかも解らないお小遣いをソっと手渡してくれて、返そうとしようもんなら 聞こえないフリをしちゃう叔母も同じ様な年代です
 それにしても、そのお年で異国の地を周った終盤にシーに行ってしまう辺り格好いいですね
海を越えて  そんな出逢いをされた らくださんが羨ましいです
Posted by at 2011年09月15日 15:10
初めまして、時折お邪魔させていただいています。

早速ですが、「日台黒潮泳断チャレンジ 2011」をご存知ですか?台湾からの寄付金へのお礼に与那国島から台湾まで泳いで渡る企画のようです。

9月17日出発予定とのことです。熱そうです。
Posted by アムス at 2011年09月16日 21:04
菜さん

台湾の戦中派には本当にやられっぱなしです。あの「義」と「情」の深さには、どうあがいても敵いません。

しかし、彼らに言わせると「日本人の教育を受けたおかげ」というのです。そういう人間を育てた名も知れぬ日本人のスゴさというものを、この1年半ほど考えています。

>アムスさん
はじまめして! コメントありがとうございます。その話、次の記事でリンクを張った台湾在住の方のブログに出ていたのですが、急いでいたこともあってタイトルだけ見て『へ〜、面白そうだな、あとで確認しよう』と思ったまま、すっかり忘れていました。

だからアムスさんがここに書きこんでくれなかったら、ずっと忘れたままだったと思います。どうもありがとうございます。

たった今、公式サイトをのぞいてみました。台風15号が近づいてきているにもかかわらず、明日は決行するようですね。無事に泳ぎきって欲しいです。
Posted by らくだ at 2011年09月16日 22:02
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