2011年04月24日

ノーベル平和賞候補者の醜聞

 2009年の夏、ニューヨークのラガーディア空港で日本までの長いフライトに備えてペーパーバックを買った。ノンフィクションの棚から選んだのは平積みになっていて#1 New York Times Bestsellerの文字が目についた"Theree Cups of Tea"という本だ。K2の登頂に失敗して遭難しかかったグレッグ・モーテンソンという登山家がデビッド・オリバー・レリンという人と一緒に書いている。

 ベストセラーになっただけあって内容は感動的だ。モーテンソンを助けたパキスタンの寒村の人たちに恩返ししようと、彼は学校を建てる。アメリカで働きながら赤貧生活を送ってお金が一定額貯まるとパキスタンに飛んで資材を確保、お金がなくなるとまたアメリカに戻ってという繰り返しで、現地の支援者に裏切られたり、アメリカでの資金調達に苦労しながら夢を実現させていたく様子がつづられている。

 本が売れたおかげで彼の活動は広く知られるようになって資金集めの苦労はなくなった。オバマ大統領が10万ドル寄付したと聞いた覚えがある。ノーベル平和賞の候補者として名前が挙げられたという話もどこかで読んだ。

 そのヒーローが一転して「詐欺容疑者」扱いされるようになったのは1週間前のことだ。4月17日放送の米CBSテレビ“60ミニッツ”で彼の社会貢献活動に対する疑惑の数々が報道された。内容は「本に出てくるエピソードは事実ではない」「彼の運営する団体セントラル・アジア・インスティチュート(CAI)の会計が不透明」などというもの。

 具体的には(1)K2登頂に失敗し、仲間とはぐれたモーテンソンが迷い込んだ村はコルフェではない(2)タリバンに誘拐されて8日間にわたって身柄を拘束されたというのはウソ(3)CAIの集めた資金はアフガンやパキスタンに学校を建設するためよりも米国内で使われる額が多い(4)同資金は2009年にはモーテンソンの本の宣伝・販促に152万ドル以上が使われた(5)同じく2009年には米国内の移動費に129万ドルが使われており、一部はプライベートジェットでの移動だった(6)パキスタンとアフガニスタンでモーテンソンが建てたという141校の学校の中にはまったく存在しないものや、放置されて空っぽのものもある−−という内容。

 う〜ん、彼の本を読んで感動した立場から言えば残念だけど、本の内容については私は我慢できる。だって「これはノンフィクションではなくてフィクションだった。彼はフィクションを書いてパキスタンとアフガニスタンの子どもを助けたのだ」と思えばいいのだから。しかし、資金関連のスキャンダルは、これが事実なら命取りだと思う。

 放送後にモーテンソンとCAIが出した声明というか言い訳はこちらとかこちら。ざっと読んだけど説得力には乏しい。モーテンソンのツイッターによると、22日付の最後のツイートは代理人が書いているらしいが本人は入院中とのこと。信用を築くには時間がかかるのに、無くすのは一瞬だ。

 私が尊敬するジャーナリスト、ニューヨーク・タイムズのニック・クリストフが「'Three Cups of Tea,' Spilled」というコラムを20日付で書いている。モーテンソンのベストセラーのタイトルにかけて「3杯のお茶がこぼれた」というタイトルが秀逸だ。しかし、中を読み進めると、切れ味が鈍い。全体的な論調としては「モーテンソンには問題があったが、パキスタンとアフガニスタンの女児教育における貢献は計り知れない」というところ。呉への同情がにじみ出ている。

 でも、これはちょっと違うのでは。本来なら「パキスタンとアフガニスタンの女児教育における貢献は計り知れないが、彼のやり方と資金の運用には問題がある」と糾弾するべきではないだろうか。モーテンソンがクリストフの個人的な友人だからと擁護するような内容になっているのだとしたら、それこそガッカリだ。

Three Cups of Tea: One Man's Mission to Promote Peace . . . One School at a Time [ペーパーバック] / Greg Mortenson, David Oliver Relin (著); Penguin (Non-Classics) (刊) スリー・カップス・オブ・ティー [ペーパーバック] / グレッグ・モーテンソン, デイヴィッド・オリバー・レーリン (著); 藤村奈緒美 (翻訳); サンクチュアリパプリッシング (刊) Stones into Schools: Promoting Peace with Books, Not Bombs, in Afghanistan and Pakistan [ハードカバー] / Greg Mortenson (著); Viking Adult (刊)
posted by らくだ at 21:38 | Comment(2) | TrackBack(0) | 国際ニュース | 更新情報をチェックする