今日(2月2日)付の大分合同新聞に別府市で「豊かな温泉資源を未来に継承する別府地域懇談会」が開かれたとの記事が掲載されていた(リンク切れの場合は
こちらのウェブ魚拓を参照)。この中で目をひいたのは以下の部分。
意見交換会では、温泉の利用量を表す「湧出(ゆうしゅつ)量」と「採取量」の言葉の使い分けについて「もっと一般の理解を深めた方がよい」と参加者が提言。由佐(悠紀・京都大学)名誉教授は「ポンプでくみ上げているものも含めて湧出という言葉を充てるのはどうか。大分県だけでも言葉を厳密に区別してみては」と同調した。
大分県だけでなくぜひとも全国的に厳密にしてもらい、温泉法を改正していただきたいと思う。実をいうと数年前からずっと気になっていた。国語だの文法だのにはまったく弱い私だが、「湧出する/湧出した」という動詞は自発的な動作を表す自動詞ではないだろうかと。つまり掘削して汲み上げている温泉を「湧出している」と表現するのにとても抵抗を覚えるようになった。以前運営していた温泉関連のブログでは途中から表現を変えたのだが、気付いた人はたぶん一人もいないだろう。
(変更前)○○県××市◇◇町で進められていた温泉掘削工事で、地下1200メートルから34度の温泉が湧出した。
(変更後)○○県××市◇◇町で進められていた温泉掘削工事が成功し、地下1200メートルで34度の温泉を掘り当てた。
新聞報道などでは一般的に変更前の表記になっている。各社とも温泉担当記者なんていないだろうから、そんなこと考えもしないだろう。私も報道の表記に倣っていたのだが、段々と疑問が湧いてきて、ささやかながら自分なりの抵抗を示してきたつもりだ。
そもそも日本語の表記には厳密さが欠けている。上記の文例で示したような掘削泉だったら英語圏では私の知る限りhot springとは表記しない。spring(泉)とは自然に湧き出ているものを指すからだ。上記例のように掘削して汲み上げている温泉だったらgeothermal water(地熱水)と表現して区別する。例えば昨年の夏に訪問したアイスランドのブルーラグーンは日本では温泉として知られているが、
公式サイトにはhot springという言葉は一切出てこない。説明に用いられているのはgeothermal seawater(地熱海水)という言葉だ。
日本で使われる「泉源」という言葉も、温泉ならfountainheadと表現する一方、掘削泉ならboreholeと使う言葉が違う。日本は世界に名だたる温泉大国のはずなのに、このあたりがあまりにも曖昧すぎる。
ここ1年英語での活動を増やした結果、私の危機感は強まる一方だ。というのも日本の温泉を訪ねたけれど、予想していたのと違った(要するに満足できなかった)という人から何回かメールを受け取ったからだ。あるアメリカ人の男性は、他の旅行者が温泉に行くというので喜んでついていったが、「期待したようなジャパン・スピリットを感じる場所ではなく、アミューズメントパークもしくは大勢で作業をしている工場みたいに感じた」と印象を書き送ってきた。彼が訪ねたのはいわゆる最近の温泉施設だ。日本の心どころか温泉らしさだって感じられなかったはずだ。
何年か前まで私は「温泉は日本が海外に誇れる天然/観光資源」だと思っていたが、最近は自信がなくなってきた。先のアメリカ人の男性に「あなたの入ったのは1000m以上の深さからポンプアップしているgeothermal waterだが、日本では自然湧出泉も地熱水も同じように温泉と認められている」と説明したら、大変驚いた様子で「そんなトリックがあったのか。次回はぜひgeothermal waterではない本物のonsenに入りたいのでその際は情報よろしく」と返事の返事が来た。
「どうせ海外の温泉なんて水着で入るのだから日本の温泉よりも全然レベルが低い」とか「オンセンとホットスプリングはまったく別物なの」などと自信に満ち溢れた「鎖国脳」の持ち主もいらっしゃる。しかし、「日本は世界一の温泉大国」なんてお山の大将を気取っているうちに、海外の人たちから「なんだ、日本は地中深く掘削して汲み上げた地熱水でもオンセンと称することができるんだ。いい加減な国なんだね。日本のオンセンも大したことないね」なんて言われるようになるんじゃないかと、それが心配でならない。
日本の温泉をダメにしていくのは、温泉でひと山当てて儲けようと企む人やザル法を放置する人だけじゃない。「温泉」という名前がついていれば質を問わずに飛びつく私のような人たちにも責任の一端があるように感じている。