先客は1人だけ。日本で働く家族を訪ねてニューヨークからやってきた女性だった。彼女はちょうど上がるところだったのだが、誰かと話をしたかったのか「もう一度入り直すことにした」と入ってきて話が弾んだ。
京都、奈良、箱根を観光したそうだが、とにかく東京が気に入ったとのこと。私が「3年近くニューヨークに住んだけれど、住むんだったら東京よりもニューヨークのほうがずっといいな」と言ったら、不思議そうな顔をされた。
彼女に言わせると「地下鉄だってキレイだし、座席も柔らかいし、いきなり運休とかしないでちゃんと動くじゃない?」と、東京の地下鉄を気に入った様子。日本語ができなくても移動で苦労しないそうだ(むしろ京都のほうが英語表示が少なくて困ったと言っていた)。
確かに東京の地下鉄の方がキレイだけど私に言わせると味気ない。「ニューヨークだったら34丁目の駅でプロのバイオリニストが演奏していることもあったし、松葉杖をついて足を引きずりながら小銭をせびっていた老人が駅についたら誰よりも素早い身のこなしで隣の車両に移って行ったりして楽しかった」なんて話をしたら、壁をはさんだ男湯からいきなり声が聞こえてきた。
なんと、この人もニューヨークから来たんだそう。「ニューヨークの地下鉄が好きなんてヘンなヤツ」とまで言われてしまった。
「え〜っ、だいたいニューヨークの地下鉄は均一料金なのに、東京だったら距離で違うから面倒くさいでしょ。同じ東京メトロの路線同士を乗り継ぐにも一度改札を出なくちゃいけないことがあって、その際はオレンジ色の表示のある改札を利用するなんて混乱しない?」って尋ねたら、2人とも1日券を使っているからそんな心配はないそうだ。
1人対2人でしかも英語じゃ敵うはずがない。早口でまくしたてられて、恥ずかしながら「ア〜ウ〜」と口ごもることも多かった。最近とんと英語なんてしゃべっていないから仕方ない。結局のところ「隣の家の芝生は青い」ってところに話が落ち着いた。
それにしても、男湯と女湯で壁をはさんで英語でやりとりするのってすっごく不思議な気分だった。女湯にほかの入浴客が入ってきたところで「迷惑になっちゃうからやめるね」って言ってそれきりになったんだけど、どんな人だったんだろう?